ホーム | 文芸 | 連載小説 | ガウショ物語=シモンエス・ロッペス・ネット著(監修・柴門明子、翻訳サークル・アイリス) | ガウショ物語=(7)=黒いボニファシオ=《3》=滅多切りの狂宴の最中に

ガウショ物語=(7)=黒いボニファシオ=《3》=滅多切りの狂宴の最中に

 「何だよ、ムラタ!……オレはお前の男じゃないか! ばあさんの使い走りのガキじゃねえ。ほら、取りな」
 そう言いながら、腕を伸ばして菓子包みを差し出した。
 その時、ナディコが割り込んできて、それ引ったくるとちょっと重さを確かめてから、そいつを黒い野郎の顔に叩きつけた。
 おめえ前さん! まったくもって、とんでもねえ事がおっぱじまったんだ!
 次の瞬間、奴は馬を飛び降りると、山刀を抜いて向って来た!
 荒馬が激しい息づかいで、後ずさりした。
 何ともすごい見世物だった!
 二十もの刃が火花を散らした。ナディコを先頭に、トゥジーニャのお取り巻きの若い衆や、かねてからあの鼻持ちならん野郎に怨みのある連中だ。
 黒いボニファシオの近くで、この騒ぎと全く関係ないよそ者が一人、樽に座ってギターを弾いていた。奴は――ただ見せびらかすために、畜生が!――、わざと山刀を後ろに振って、見事というより他ない刀さばきで、その気の毒な男の手の指を切り落とした。ギターの弦も切れたが、おまけに胴面までぶっ壊れた!……
 騒ぎはますます大きくなる。
 ナディコが刀を構えて、ボニファシオの弛(たる)んだ喉元を狙って突きかかった。刃はわずかに動脈をかすった。少佐がピストルをぶっ放し、弾は黒の脚を掠めてかなりの痛手を負わせた。手負いになった乱暴者は体ごとぶ打つかっていって、めくらめっぽう切りつけたり突きまくったりした。
 その間、やつは全く声を出さない。その黒いつら面に、目ん玉の、白目だけがギラギラと光っていた……。
 ひいーっ!……
 気が狂ったようなトゥジーニャの叫び……ナディコが足を縺(もつ)れさせて倒れたんだ。腹が裂けて、内臓がはみ出し、血が噴き出していた!……
 墓場のような沈黙が降りた、その沈黙を破って黒いボニファシオが大声をあげた。
 「さあ、来るなら来い!……」
 言い終わると、まるで追い詰められた豚みたいな唸り声をあげた……それから、それから先は修羅場だった……。
 四回の襲撃で、そこらの地面は重傷者で覆われてしまい、血の海になった。――悪魔が目をこすっている間に――手首を切り落とされた者も一人二人じゃない。斬られたり、突刺されたりした者は数知れないほどだ。
 言うまでもなくやつ自身も傷だらけ、穴だらけだった。やつの顔や両腕、両脚も、シャツも、腰に巻いた川獺(かわうそ)の皮も、まるで強情に踏ん張って動かない牛の背中が鞭で打たれてズタズタに裂けるみたいに、傷だらけになっていた。それでも、向こう見ずで、猛牛みたいなあやつはへたばる様子もない!
 あいつの体は、きっと、何か強力なまじないか護符見たいなものに守られていたんだろう。
 その頃になると、会場はまるで蜂の巣をつついたような騒ぎだ。喧嘩の場所には、八方から人が集まってきていた。
 トゥジーニャはナディコにしがみついて、その胸に頭を凭(もた)せかけたまま、もう虫の息の男の力のない口元や虚ろな目に接吻していた。あの呪わしい出来事の最中にだ。
 みんなの見ている目の前で、しかもお取り巻きの若い連中が意識を失いかけながら見つめているその目の前で。彼らには女の慰めの涙も、優しい手の温もりも無縁だった。そうやってトゥジーニャは、自分のために真っ先に黒いボニファシオにいどみかかり、切りつけて行ったこの男こそ一番のお気に入りだということを示したんだ……。
 その時、髪の長い大男のガウショが現れて、左利きの手で腰につけたボーラをはずすと、頭上高く振り回した……。ボーラがブンブン唸り、まさにその手を離れようとしたとき――間抜けな牛のあばら骨をひしゃげるほどの力が込められていた――奴はすでに用心深く狙いを定めて、山刀の一振りでボーラの革紐を切り捨てようと身構えていた。
 まさにこの時、フェルミーナ婆さんが喧嘩の輪に加わった。婆さんはマテ茶を飲んでいたのだが、猫みたいにすばしこくボニファシオに近づくと、手に提げていたヤカンの煮えたぎった湯をやつに投げつけたんだ……男は去勢される時の牛みたいな声で吼(ほ)えた……。(つづく)