「兵長どの……」
私が黙ってしまったのに不審がった大島が、私を覗くようにした。私は二人をからかいたくなった。
「そりゃ、シャンにきまってるさ。テキは航空将校だぜ。二十二、三かな。髪は明るい亜麻色で、瞳は珊瑚礁の、あの薄い水色だよ。鼻筋が通って、唇は適当にふくらんで、吸いつきたいほど、笑うとえくぼがぽっくり……というのかな。俺は十年も外国にいて、しかも美人ぞろいのラテン嬢とのつきあいも相当あったけど、あんなべっぴんにははじめてお目にかかったな。俺の好みに、ぴったり、というところだよ」
案の定二人は体を乗り出してきた。
「兵長どのは、その上へ馬乗りになって、下っ腹をぐうっと……。たまらねえな、全く」
細谷は喉を鳴らした。
「お前らに見せられなくて残念だったなあ。お気の毒さま。馬乗りになっただけじゃない。彼女の気胞を膨らませるために、唇をあけて俺の息を力いっぱい吹き込んでやったんだ」
「兵長どのだけ、いいことされましたですねえ」
大島が頓狂な声をあげたとき、隣室の三浦軍曹の奴声がした。
「うるせえぞ。早く寝んかっ!」
ふたりは慌てて毛布にもぐり込んだ。
「兵長どの」
細谷が殺した声で何か差し出した。見ると砂糖きびだった。幼児の腕ほどの太さで、もう一年余りもみたことのない、みごとなものだった。
「お前、どこで、こんなものを」
「それは、秘密です。いや、今日、東海岸で見つけたんです」
細谷はいたずらっぽく首を縮めてポリポリと微かな音を立ててしゃぶりはじめた。
「兵長どの」大島が耳もとで轟いた。
「何だ。静かにせんと、また、どやされるぞ」
「兵長どの、久しぶりにセガレが怒り出して眠れんですよ」
眠れないのは私の方だった。コーチと熱帯の真昼に過ごした女たちの豪華な部屋の思いがきのうのように甦った。すると、思い出をかき立てるように三角山の頂上の、せせらぎの音が急に音高く耳孕に響いてきた。
谷川の水源が、三角山にあるとすれば、谷川を遡ればあの樹林に達する筈だ。この仮定が正しいとすれば、末は流れというより曝布となって落下するか、急流でなければならない。
しかし、静かな谷川の流れから想像すれば、鈴虫のようなあの音は、いったん地下に吸い込まれて、再びどこかで湧き出て谷川になっているのだろう。ともかく、水を貯える鍾乳洞のような形を作った貯水池が地下にある筈だ。このような例はブラジルのリトラル山脈の中にもある。地殻の構造によって、地下水が地表に現れたり消えたりしてカリブ海に注ぐ例を私はいくつか見ている。
また、大西洋岸のアンデスの雪どけ水がペルーやチリの海に注ぐ過程にもこのような例は珍しくない。私は広い、水を湛えた洞窟を想像した。そして、その中に敵が忍び込んでいるのではないか。私の夢想は、そこでとぎれた。果たして、そこに潜入しているとすれば、どこから入り込んだのか。
いつの間にか大島も寝息を立てていた。私も間もなく眠りに落ちた。
翌朝、糧秣廠から白米、甘味料などが届いた。全島八千の将兵への補給であれば、この程度の配給でもやむを得ない。白米はかます一俵に過ぎなかったが、第十六病棟七十名は殆ど死に直面した患者たちだ。