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ニッケイ俳壇(831)=富重久子 選

   アチバイア         東  抱水

 どの町も教会が見え天高し
【半世紀前移民してきた時、一番先に目に止まったのが教会の尖塔であって、これがこの国 のカトリック教会だなと納得した。教会は街々に一つでなく、幾つも見られたが、仏教徒の我々には珍しくハイカラに見えた。
 この句は実に平坦で易しい俳句であるが、この句のとおり、都会でも町でも、小さい村でも必ず綺麗で明るい教会が目に映り、朝夕は静かな重々しい教会の鐘が鳴り心癒される。 季語の「天高し」がまことによい選択。】

 カルナバル観光バスも来て居りぬ
【カルナバルの街々の情景を表して簡明な中にも大都と違った趣の、カルナバルの雰囲気が伺える。「観光バスも来て居りぬ」とは悠揚迫らざる地方の、長閑なカルナバルの写生俳句であり、この作者らしい平明にして奥深い洗練された巻頭俳句であった。】

『カルナバル』はカーニバルをポルトガル語で発音したもの

『カルナバル』はカーニバルをポルトガル語で発音したもの

 湖沿ひに走る新涼窓開けて
 異国にて俳句学べるホ句の秋

   ペレイラバレット      保田 渡南

 遠山の斧のひびきに秋の声
【「秋の声」は主観的なもので、心に響く秋の感じと言うものであろう。この句は、昔作者が農事に携わっていた頃に開拓の斧の冴えた音から、計り知れない深い秋のしみじみとした想いが、囁く秋の声のように聞こえたと言う一句である。
(参考:斧入れて香におどろくや冬こだち 蕪村)】

 露草や宿志でありし牛を飼ふ
【二句目、農業を始めた時から、「牛を飼ふ」という事がこの作者の「宿志」(しゅくし、実現を望んで長い間持ち続けていた志)であって、その牛を飼って「宿志」を果たしたと言う、佳句である。】

 跳ね牛に露の投縄狂ひなく
 軒近く搗くモンジョロに秋を聞く

   サンパウロ         近藤玖仁子

 爽藾をかすかに耳にとめゆきて
【「爽藾」(そうらい)は字のごとく爽やかな風の響きで、秋風の音をいう。この句はそんな幽かな秋風の音も聞き漏らさず、心の中で、嗚呼もう秋がやって来たんだなあと、心に呟いている作者。「とめゆきて」とは床しい大和言葉。心を寄せる、耳を集中させるの意。この作者らしい佳句であった。】

 小説は終らぬ秋の雨やまず
 散り際の潔きこと乱れ萩
 雛祭三色おこし懐かしや

   アチバイア         沢近 愛子

 カルナバル天災もなき良き国よ
【ブラジルは国が大きいだけでなく天災、災害も少なく何となく良い国に思える。この句の様に、カルナバルといえば何もかも忘れて踊り狂い楽しむ。半世紀も住み慣れると、確かにブラジルは大変なこともあるが、「良い国」なのかもし知れないと思う。他の句もさらりと読み上げた、季語の選択も良い佳句であった。】

 慈雨ありて庭のマナカの色濃ゆし
 故郷の山路にもあり草虱
 遺影へと娘が置きし秋の蘭

   ヴァルゼン・グランデ    飯田 正子

 レストランに「又来ましたよ」食の秋
【一読とても楽しい俳句であった。最近始めた作者には自由に詠まれる様進めているが、こんな軽快に読まれるとは吃驚している。レストランに入るなり「又来ましたよ!」と声を掛ける作者の姿が見える様な佳句。 
  兎に角、言葉正しく五、七、五のリズムを整え、季語を弁えて俳句を作らなければ
   ならない。この句の季語「食の秋」は素晴しい選択で一句を盛り上げている。】

 ブラジルも見処多し秋の旅
 耳鳴りは老の兆しか虫の音か
 何処までも続く畠や大豆熟れ

   アチバイア         宮原 育子

 娘に髪を刈って貰ひし残暑かな
【今年は残暑が長く酷かったので、私も思いきって断髪にしてしまった。何んといっても髪が首筋辺りで縺れているとやり切れない。娘さんに髪をきって貰い、すっきりした作者である。「残暑」は立秋過ぎても暑さが残ることをいう“秋の季語”である。】

 秋暑し女流弁舌なめらかに
 草虱つけて二人の仲が知れ
 蘭抱き孫面映げに祝はるる

   サンパウロ         武藤  栄

 色鳥や木蔭に並ぶ駄菓子店
【「色鳥」は色々な渡り鳥をいうが、特に秋になると小鳥達の羽の色が美しくなるので、こう呼ばれる秋の季語。人通りのある田舎町の木蔭の下には色々と子供の好きな駄菓子などが並べてあって、商いをしている、という一句。その大きな木には色鳥が屯して楽しくも長閑な佳句である。】

 家政権妻にゆづりて女性の日
 移民して母の花好き紅鶏頭
 身内なき祖国も遠し初日の出

   カンポスドジョルドン       鈴木 静林

 炎天下猫が火傷すトタン屋根
【「猫が火傷す」とは本当に酷暑であったのである。まだトタン屋根があるとは、多分古い物置か何かであろう。トタンが焼ければ、猫の柔らかい足の裏が本当に火傷するかも知れない。猫の飛び上がる姿の見える一句。】

 秋行楽握りご飯は高菜巻き
 園の花色褪せ果てて秋の風
 砂の上卵焼きする極暑かな

   アチバイア         吉田  繁

 州大へ孫十八が入学す
 ねぶた来る百二十年祭カーニバル
 やれ嬉しねぷたも参加カーニバル
 残暑去り今宵湯槽に唄も出て

   アチバイア         菊池芙佐枝

 年毎の吾娘のバースデーカルナバル
 手の平に初もぎゴーヤ重きかな
 雪多き祖国に残暑送りたき
 宵のうちカルダス温泉まだ残暑

   インダイアツーバ      若林 敦子

 半世紀住みし異国や星月夜
 天の川祖国に身内今はなく
 おしめりも心地よきとてカルナバル
 新涼や紅茶に香るウイスキー

   ピエダーデ         国井きぬえ

 孫からの赤き帳面去年今年
 夏の昼打球はずれし老ゲート
 夕食後手すりに凭れ星眺む
 あじさいや高く聳えてパラナ松

   リベイロンピーレス     中馬 淳一

 雨降らず赤い毛髪枯れミーリョ
 入れ歯にて噛むにかまれぬ茹でミーリョ
 とんぼうや水輪の中に尾を垂れて
 栗ごはん匂ふ厨の丹波栗

   サンパウロ         山口まさを

 噛まで食む納豆餅に舌打てる
 開墾の疲れを癒す衣被
 放牧の牛に紛れて馬肥ゆる
 牛と馬相寄る牧の良夜かな

   サンパウロ         秋末 麗子

 余生てふ道に踏み入り秋思ふと
【八十の声を聞くと、きっと誰でもがしみじみとこれから始まる「余生」と言う坂道を想い描き、心引き締まる気持ちになると思う。
  この句の「秋思ふと」に、その心情の良く表された佳句である。】

 渡り鳥ペルー移民の悲話に耽け
 新涼や大樹囲める運動場
 仕事終へ夜学に励む若者等

   サンパウロ         建本 芳枝

 広き空点となりゆく渡り鳥
 蜩の声に想ひを廻らせて
 鳴いてゐる昨日と同じ蜩か
 どの実から熟れるか賭ける窓の秋

   サンパウロ         上田ゆづり

 夏の海夕日映してうねりをり
 心地よき風吹き抜ける夕立あと
 むつまじく何を語らふ出目金魚
 雨吸ふて夏草息吹くゴルフ場

   サンパウロ         高橋 節子

 一瞬に雲湧き出でて秋出水
 秋の雷大きな被害容赦なく
 秋の雲雨降り続き湖満す
 再会を夢見てをりぬ朧月

   サンパウロ         伊藤 智恵

 大家族パクー一匹姿焼き
 くっきりと汚染無き里天の川
 明日終る忘れてをりし夏時間
 西日射す誰しも嫌ふバスの席

   ブラジリア         堀川 昌山

 秋祭津波忘れる事もなく
 秋風や見つけし妻の写真かな
【折角ご投句頂きましたが、ほかの俳句は先月のと同じ句でしたので、二句しか頂けませんでした。
この度の俳句は、日本の津波のことと、最近亡くされた奥様の事でとてもよい俳句でした。続けてご投句下さい。】