【筆者記】本稿は3月29日付ABC紙に載った、同紙のコラムニストでパラグァイ有数の文学者、アルシビアデス・ゴンサーレス・デルバリェ氏の論考記事を抄訳したもの。
フランスの作家レオン・ブロア(Leon Bloy/1846~1917)は、バイブルは人間社会(世界の事情)を理解するのに必携の「座右の書」とし、常にその教旨を人生の指針とする事を忘れなかった。
翻ってパラグァイの我々は吾が奇々怪々な日常の動向を分別するには映画「タイタニック号」の悲劇を参考にすべきである。
英国が当事世界最大の不沈豪華船として誇った「タイタニック号」がニューヨークへの処女航海で、1912年4月14日の深夜に北大西洋上で氷山に衝突し、遭えなく2時間40分で沈没、乗船者2208名の中1517人が死亡した。世界有史以来の最大海難事故の映画を観て、面白い思いをした観客はいない筈である。
大惨事が起きた当初はこの5万2310トンの巨船乗組員と一等や二等船客の中で、誰しも事故の重大性を本気にする者はいなかった。
しかし、一部の一等船客は差し迫った危険を悟ったにも拘らず、水面に近い階下の二等船客の方が溺死の順番が早かろうから、自分達はなお助かる機会があると高を括っていた。
詰まり、下甲板の船客が先に溺れ死にする間に上甲板の船客は救助される余裕があると邪悪心が働いたのである。
世間ではこの手の怪しからぬ発想があらゆる階層でのさばっている。必要ならば、一等市民は生き抜く為に情け容赦もなく二等市民を踏み躙っても自分が生き残る事しか考えない。
〃パラグァイ号〃の危険な船旅
我々は昔から、このように構造が脆弱で危険な〃パラグァイ号〃で荒い海を航行しているのだ。
タイタニック号のドラマは悲惨な大海難事件であった。だが、我々が建造した欠陥だらけのパラグァイ号の乗船者も同じく一等と二等の船客(国民)で構成されているのである。
このパラグァイ号の乗組員(政権)が最近交代して未だ2年も経たない。我が憲法の規定は日限厳守で5年毎に正確に船長たる新大統領が全国総選挙で選出される。
現カルテス大統領は多くの国民の信頼の許に当選したホープである。そして、国政を改めて新な方向へ国を導こうとし、「新行政方針」を公約した彼に国民は期待した。
施策の新たな方針を開拓するには荒波を乗り越えて、安全な航路を追い風を受けながら船を進めなければならない。
そして、配下船員(内閣)の構成は?―となると国民は逸早く公表された人事を知ったが、それは又早くも失望させられた人選内容だった。
いわば、「新行政方針」の一年半足らずの歩みの今日、政権政党コロラド(赤党)の峻烈な総裁改選の党内抗争で赤党は真っ二つに分かれ、その収拾は予断を許さない情勢なのだ。
船長は大事な一般船客の事は忘れて中立の信条を海へ捨て、自分の押す次期赤党総裁候補者(ニェエンブク県出身のペドロ・アリアナ下議)の選挙運動を買って出たのである。
次期党総裁の選出はコロラド党の間で純粋な公正選挙に依るべく期待していた党員には、このカルテス大統領の片手落ちの選挙介入は正に思わぬ驚きであった。
公邸を赤党の私物のごとく利用
なお、ブルビシャ・ローガ公邸のテナントは、あたかも家主にでもなった心算か、全国民の国家資産たる公邸を「赤党の家」として宣言し、コロラド党の政治集会等に任意に使用している。
そして、事もあろうにこの一連の公邸の政治利用の中で、麻薬密売者のゴッドファザーやゴッドマザー(保護者)と噂される政治家連の会合の場にも提供されているのだ。
これらマフィア勢力の連中は、「新行政方針」の船長と、こうして写真にでも納まれば悪罪を洗い落とし「聖者化」し得るとでも思っているのかも知れない。
古代文明では無垢な人や動物を生贄として神に捧げ、逆境(不況)を幸運(好況)に替えんとし、船が難航する黒い風向きの針路を逸らせる様に願った。
我々はマスコミや社会的安全網の盾に避難する以外は、諦めの苦難に耐えざるを得ない。
そうでなければ、悪の本能や邪悪な意図又は政治工学を装った粗悪な策略の跳梁を無為に手を拱いて見ていなければならないのだ。
わが乗船パラグァイ号は二つの海域の間を蛇航している。
一つは、著名の経済学者ルイス・サギエル・ブランコ氏は、「現在パラグァイは国際的に事業投資家の注目を惹いているのみならず、今までになく地域各国中で最も強くて価値ある通貨の一つであるガラニーを誇り、その国家経済は健全で競争力を備えた国」であって、その評判は特に今では驚いた事でもないと言う。
しかるに他の一面は、EPP・パラグァイ人民軍の勢力地域のサンペドロ県サンタローサ・デル・アグアライ郡では、農民や土着民の土地闘争問題が深刻で、それ等の居住地所は農耕に不適切な不毛の砂地で、農地改革にはおよそ程遠い有り様である。
船長が公約した貧困撲滅の対策は未だどこにも効果が表れず、特に農村では極貧層が増えたと云う統計も最近は見られるのである。
パラグァイ号の一等と二等の船客はこれと同じ運命にあるのだ。しかし、いつもの通り、事前に救命具を用意した賢明な準備の良い船客はその限りではないのである。