未練がましくカビウーナが相棒を探して、たまに近くまで寄っていやな臭いをかいでいると、群がっているハゲタカどもがヨチヨチと離れる。腐った血をなめたり、ドウラードの肉の破片を飲み込んだり、吐いたりしながら……。
黒い悪魔みたいなこいつらほど憎らしい奴はないね!
だがな、カビウーナが一頭になったら牛車が引けなくなっちまったんで、それで新しく若い二頭が用意された。年老いたやつは脇にやられっちまってな。だんだんと痩せていった……そして、ちょうど悲しみを抱えた人間が一人きりでいるのを好むように、自由になった牛車引きは森の奥の方に隠れてしまった。恐らく、人と同じように悲しみを抱えてな……。
ある暑い日に老いぼれ牛が家の庭先に戻ってきたんだ。
気がついた子どもらが大騒ぎだ。
「カビウーナだよ! カビウーナ! オー! カビウーナ! オー!」
すると若奥さんたちもやってきた。子どもの頃、数え切れないほど度々カビウーナの引く荷車で水浴び場へ通ったんだ。今は結婚して子どももいる。息子たちもやってきた。もう立派な男になっていた。みんなは異口同音に、
「カビウーナだ!オー!オー!……」
その時、一人の男がカビウーナがひどく痩せていると言い出した。別の男も同じ意見だった。三人目が、こいつは五月の最初のミヌアーノを持ちこた堪えることはできんだろうと言った。ああでもない、こうでもないと言い合ったあげく、最初の男――少々頭がイカれているヤツだ――が言うには、もう老いぼれだから、いっそいまや殺ってしまった方がよかろう。どうせもう太らないし、どこか遠くの小川の泥溜まりにでもはまり込んで死んでしまうのがオチだ……そうなれば、皮一枚損することになる……。
旦那衆のだれかが、すぐに牧夫の一人に言いつけて縄を持ってこさせた。なれた手つきで牧夫はカビウーナの首の回りに縄をかけた。牛はまるで飼い犬みたいに、素直に従った……。
すぐ近くに古い牛車が留めてあった。半ば壊れて、長柄は空に突き出し、つっかい棒の上に休んでいる。
牧夫は出刃包丁を構えて、おとなしい牛の首の下を一突きに、急所目がけてつか柄まで打ちこんだ。出刃を抜くと、同時に、血が泡立ちながら、心臓から噴き出してきた……。
深い静寂が居合わせた人々の上に降りた。
痛みで老いぼれ牛は傷を負ったと感じたんだろうね。先にトゲのあるムチでいつもの場所と違うところを叩かれたのは、まだ支度が出来ていないから罰を与えられたと思ったんだろうな……。信じられるかね……。
真っ赤な血が噴き出して、息も絶え絶えに、フラフラしながらも数歩、牛車まで歩いて、繋いでくれというように首枷のところにきちんと納まった……牛車に繋いでくれるのを待つようにな……耳の白い方に手綱をかけてくれとでもいうようにな……。
それから、ひざを突いて……倒れて……死んじまったんだ……。
犬どもが草の上の血を舐めはじめ……一匹などは片足をあげて小便をひっかけた……。牧夫が皮を剥ぐためにナイフを研ぎはじたとき、おやつにサツマイモを食べていた巻き毛の小さい男の子が、死んだ牛に近寄ってきて、サツマイモのひとかけ一片を牛の口に突っ込んで角を撫でながら、廻らない舌で、
「ソラ、タビウーナ!ホラ…… ラナイノ、タビウーナ!……」
何も知らずに笑いこける小さい子を、周りにいた者たちは言葉もなく見ていた、人でなしどもが! ちっとは胸が痛んだのだろうか。幼い頃、あんなに遊んでくれた牛、水浴びに連れて行ってくれた牛、山の果実を採りに連れて行ってくれた牛を惨たらしく殺してしまったことにな……。
「どうだね、お前さん!金持ってのはな……たかが一枚の皮のために、昔から慣れ親しんだ年寄り牛をこんな目に……」
いやはや!……人間ってのは、時に畜生よりもむご酷いことをする!(老いぼれ牛、終わり)