もしお前さんがあの頃生きていたら、わしは何もいうまい。ことさら耳新しい事などないからな。だがあんたは若い。年から言えば、わしの孫くらいなもんだ……だから、まあ、聞きなされ。
あの頃は全てが開けっぴろげで、広大な牧場が一面に広がっていたが、柵も仕切りもなくて地続きだった。それぞれの境界線は、一応分割された土地として登記所の地図には記されていた。
しかし、なかには石柱を打ちこんで勝手に境界線を引いたりする地主もいた。そうなんだ。とりわけ専門の測量技師で、しかも、その地域の顔ききを後ろ盾にもつ技師が現れたときなどにな。
こんな塩梅だったから、いったい牛馬の群れの中でどれが自分のものなのかを見分けるなど不可能だった。だから牛には手当たり次第、烙印を押したりして目印にした。とは言っても、そんなことができるのは数が知れている。
野生の馬となると、どうにもならんような駄馬がほとんどだった……。これらの馬は、草を食んでいる場所に属するというわけだ。そうはいっても、一文の値打ちもない。ましてや雌馬は皮紐か長靴にする革を取るぐらいのものだった。
ずっと後には、金髪のドイツ人やイギリス人が馬のたてがみ鬣を買うためにやってきた。そんなときには馬を捉まえて鬣を刈ったりもしたが、やつらはただ同然の金しか払わなかった。
知っての通り、やつら外人はいつでもわしらが気にも留めないところに目をつけて、儲けをたくらんでいるんだ。
神が造られたこの大草原には野生の雌馬や、まだ耳印しが付けられていない仔馬やらが――ゴミ同然のやつらだが――何千頭もいたんだ!
だが、何と手に負えない畜生どもの群れか!……騒々しくて、驚きやすく、暴走しやすく、すばしっこい、まるで悪魔の群れと言ったところだ!
しかし、野生の馬追いはみんなの心を躍らせ、どれほど楽しませてくれたことか!
ああ!……
マテ茶を飲むことと雌馬の群れを追いかけること、これに代わる楽しみなど他にないさ!
わしは一度、クァライン中部にあるジョルダン少佐の所有地で、大がかりな野生馬狩りに加わったことがある。
オリベの戦いが終わってすぐ後のことだ。その草原には雌馬や耳印のない若駒、見捨てられた馬、主のない馬、烙印のある馬など、あわせて一万頭ほどの野生馬がいた。
もともと気の荒い牛どもは、暴走する野生馬のせいでますます神経質になっていた。
ちなみにこの馬の暴走は、草原のいたずら者「チビ黒牧童」が引き起こすのだという言い伝えがあるんだが、そいつを話せば長くなるからな……。
ある日、少佐はこれらの野生馬を草原から一掃することを決めた。そのために充分時間をかけて準備した。
夏の間に、できるだけ多くの若い牛を処理して金に替え、周囲の住人に声をかけて野生馬狩りに誘った。まず、夏の暑さがぶりかえす五月に、水ぶくれみたい肥えた馬、図体が大きくて重いやつなどを捕獲して片付け、涼しくなってから本格的な狩りの作業にかかることを告げた。
お前さん! 新月から数えて三日目あたりには、牧場には屈強な男、腕に自信のある牛飼い、荒馬慣らしの達人、名の知れたボーラ使いの名人など、合わせて八〇人くらいのガウショがひしめきあっていた。
男たちが乗る馬は痩せさせるためにその辺りの湖で胸の中ほどまで水に浸からせておく。蹄の裏側は滑り止めのために深く溝を掘り、硬くするために、グアバの薪の火で暖めた獣脂と炭を塗る。尾と鬣は短く刈り込む。
大方のガウショは裸馬にまたがった。あるものは幅広の牛飼いズボンをはき、他のものはシェリパーという大きな布を腰に巻いていた。多くは帽子ではなく、スカーフを頭に被り、長袖のシャツで、山刀を腰に帯びていた。(つづく)
ホーム | 文芸 | 連載小説 | ガウショ物語=シモンエス・ロッペス・ネット著(監修・柴門明子、翻訳サークル・アイリス) | ガウショ物語=(20)=雌馬狩り=<1>=草原のいたずら者「チビ黒牧童」