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ニッケイ俳壇(837)=富重久子 選

   サンパウロ         広田 ユキ

 四月馬鹿不老長寿てふ薬飲む
【「四月馬鹿」は元々欧米の習慣で、四月一日の午前中に軽い嘘をついて人を騙しても許されると言うこと、又騙された人を言う。しかしその風習も最近は余り聞かないようになった。
 この句の様に、私共後期高齢者になると子供たちにあれこれと薬を飲まされる。やれビタミン剤、カルシウム、やれ何々と手にいっぱいの薬を貰い黙って呑んでいる。そんな中に、これを呑むと長生きするのよなんて、年寄も納得した振りをして呑んでいる。「四月馬鹿」と言う季語を多彩に使
っての五句である。】

 エープリルフール世界に平和来し
【二句目、最近の様に何時何処でどの様な事件や戦争が突発するか分からない世界情勢の中、「平和来し」とは、まさにエープリルフール。
 他の句ともども格調高くこの作者ならではの句で、巻頭俳句として鑑賞して頂きたい。】

 豊作の果ての値くずれ四月馬鹿
 テロのなき世を謳歌する万愚節
 騙された顔してやるも四月馬鹿

   サンパウロ         松井 明子

 パスコアやどの袋にも笑顔あり
【今年のパスコアは四月五日であった。聖週間を済ませ受難日を喪に籠もり、復活祭は全ての人の祝いの日である。
 この句の様に、パスコアにはそれぞれに染め卵やチョコレートの卵を贈りあってお祝いをする。我々のような異教徒も習わしによって孫や働いてくれる人々に喜んでプレゼントする。贈るものも貰うものも皆笑顔で楽しい祝日で、まさにこの句のとおり「どの袋にも笑顔あり」で豊かな楽しい佳句であった。】

 故里の桜花と似たりパイネイラ
 遥かな日かずま師囲みパイネイラ
 カピバーラ鼻もぐもぐと穏やかに

   アチバイア         東  抱水

『パモンニャ(パモーニャ)』はトウモロコシを牛乳やココナッツミルクで溶いて団子にし、茹でてトウモロコシの皮で包んだブラジルの伝統料理

『パモンニャ(パモーニャ)』はトウモロコシを牛乳やココナッツミルクで溶いて団子にし、茹でてトウモロコシの皮で包んだブラジルの伝統料理

 釜に湯気立ててパモンニャ屋台かな
【最近はさっぱり見なくなったが、通りを湯気を立てながらパモンニャや玉蜀黍を売る屋台が通っていたのを覚えている。バスの旅をすると所々止まる休憩所でも、特にミナス方面では美味しいパモンニャが食べられる。それはまことに旅愁を掻き立てられるものである。
 作者の地には、今でもその様な屋台店が見られるのであろう。「釜に湯気立てて」と、そんな様子が良く見えるような佳句である。】

 晩婚の多き世代や女性の日
 蚯蚓鳴く屈み込んでる厨妻
 移り来て一鍬打てば蚯蚓鳴く

   アチバイア         宮原 育子

 補聴器の調製する日蚯蚓鳴く
【「蚯蚓(みみず)鳴く」は秋の季語となっているが、実際には蚯蚓は鳴かず、螻蛄(けら)の鳴き声を蚯蚓の鳴き声としたとある。
 それにしても、「補聴器の調製する日」と「蚯蚓鳴く」という、何となく不思議な関わりのあるような季語の選定で、あの螻蛄のジーッと低い鳴き声の聞こえるような、不思議な錯覚を起こさせる佳句であった。】
 太陽と称ばれし昔女性の日
 妻で母で宇宙飛行士女性の日
 小鳥来るホテルの庭に餌皿置き

   サンパウロ         山本英峯子

 人声や月は真上にビルの街
【今日は五月二日、ビルの合間から中天に満月がのぼった所。私は灯を消して眺めている。
 まことにこの句の通り、月が山の端を優雅に登るのはビルに遮られて見られないし、通りは喧しい人声。それでも夜が更けると晴れた夜空に、街中でも結構綺麗な満月を見上げる事が出来る、と言うよく省略の利いた佳句である。】

 生きがひは何と聞かれて流れ星
 街道に車止めたるカピバーラ
 鳳仙花少しおませな隣の子

   サンパウロ         近藤玖仁子

 下枝(しずえ)より咲き上りつつ萩あかり
【うちにも日本萩がある。肥料もやらずで細々と、それでも秋になるときっと咲いてくれる。
 この句の通り、枝を伸ばして下から小豆色の可愛い小花を一杯つけて咲き、後もう少し蕾が残っている。「萩あかり」とは良い言葉の選択で、萩叢の姿が見えるような佳句である。】

 しののめや露の玉置く庭の石
 日溜りにお一人様と昼の月
 庭先に秋蝶とどめがたきかな

   プ・プルデンテ       小松 八景

 南風イエスの御足鳩舞ひて
【南風(みなみかぜ)は南西から吹く風で、パンペイロと呼び、ブラジルの冬の季語である。
 この句はそんな冷たい冬風の中、イエス様の銅像の御足の元で、幾許かの鳩が群れていると言う一句。暖かい日差しがあって、鳩たちの幸せそうな姿が詠まれている優しい佳句である。】

 故郷に三日月映る棚田かな
 アマゾンや鯰かまぼこ移民妻
 退院もあと数日とシュシュスープ

   ペレイラ・バレット     保田 渡南

 姉妹の相似て美しくサンバ舞ふ
【カルナバルの山車の実景を見た事はないが、テレビや新聞では見ている。この句の様に姉妹揃って踊りが上手なのであろう。美しい姉妹が揃っての踊りは又一段と美しく人気も抜群。カルナバルの優雅な踊りが眼に見える様な佳句。】

 絢爛の山車にサンバの女王舞ふ
 サンバ踏む奴隷の涙君知るや
 艶麗のサンバに日本女性かな

   ピエダーデ         国井きぬえ

 チラデンテス児等自転車を乗り回す
【チラデンテスは四月二十一日で休日。この日は秋晴れのいい日であった。学業から解放された子供たちは早速朝から誘い合わせての自転車競走。この句の通り、みんなで乗り回して楽しんでいる様子が、この句一杯に感じられてとても優しいいい句であった。他の句も写生の良く利いた心に残る佳句である。】

 秋風や歩け歩けとこの大地
 森の秋鳥たち騒ぐ赤い花
 秋の日や木洩れ日映えて美しき

   サンカルロス        富岡 絹子

 緑蔭を探して駐車ままならず
【自動車を止めようとする時、中々思う様にいかないのが駐車場。ことに陽のきつい時など,又長く停車しておく場合などは苦労する。
 「緑蔭」と言う季語での一句であるが、何でもない事でも季語の選択で良い句ができる。五句目の「緑陰のベンチに座せば猫のゐて」もさり気ない佳句であった。緑蔭は夏の季語。】

 秋袷母の形見も色あせし
 殊のほか桔梗を愛でし母なりき
 緑蔭のベンチに座せば猫のゐて

   アチバイア         吉田  繁

 バチカンのパパも祝福女性の日
 女性のみ当るビンゴや女性の日
 母憶ひ妻なつかしむ女性の日
 デモ行進女性が多く女性の日

   アチバイア         池田 洋子

 四旬節仏教徒にも恵みあり
 つながれし馬におはよう秋の蝶
 雨後の街とんぼの翅のはりついて
 鳴き交はす鳥の声にも秋と想ふ

   アチバイア         沢近 愛子

 女性の日みなで働く花屋かな
 秋日和婦唱家系で恙なく
 女性の日夏物一掃大安売
 若き娘の着こなし上手爽やかに

   アチバイア         戸山 正子

 野を駈けし仔犬の服に草の実が
 秋蝶や蛹となりて葉の裏に
 草薮も花野となりて鳥むれる
 雨上がり遠き秋山よく見ゆる

   オルトランジャ       堀 百合子

 唄ひ初め十八番のかえり船
 歌ひ初めはげましくれし師の笑顔
 露の世を泣いて笑って八十年
 露の世や命ある身の幸せを

   インダイアツーバ      若林 敦子

 夫亡くば秋刀魚焼くこと忘れをり
 一人居や満月眺め人を恋ふ
 四旬節きまりの如く鱈料理
 野菊咲く墓にロマンを感じをり

   イツー           関山 玲子

 欲しきもの問はれてむなし流れ星
 空覆ふて雁とびたつやパンタナール
 コスモスやどれが種やら空実やら
 秋扇去年の旱りを想ひ出す

   サンパウロ         渋江 安子

 風に揺れ池の周りの柳散る
 ぺリキット子供騒げば声あげて
 旧校の紋章の如パイネイラ
 柳散る思はぬ人の訃報受く

   サンパウロ         秋末 麗子

 道の辺の水のたまりに秋の蝶
 ふと見れば何時の間にやら秋時雨
 火焔樹や咲きて華やぐ並木道
 火焔樹の今までになく咲き誇る

   サンパウロ         上田ゆづり

 夜明け空眉ほど細き三日の月
 まだ暗き夜明けの庭に残る虫
 秋の海染めて落ち行く夕日かな
 あっさりと一人の昼は鮭茶漬け

   サンパウロ         須貝美代香

 何はさて月見団子が客さそふ
 パイネイラ楽になる日を夢に見る
 はらはらと屋台の上に柳散る
 秋冷や乾杯交はすグラス鳴る

   サンパウロ         武藤  栄

 すし弁当村人総出の運動会
 新移民着きし耕地や隼人瓜
 日本酒や店主は異人すすめられ
 今年酒飲めそうな顔進められ

   サンパウロ         伊藤 智恵

 月見とは見上げるだけの忙しき世
【何時も忙しい毎日を過ごしている作者。本当に優雅に月見をする間もなく、色々な勉強をしているが、俳句もその中の一つ。
 しかしなかなか熱心で若い句風の新鮮さがある。】

 秋の風おだやかならぬ世となりて
 雁渡る生きる勇気のお手本に
 流れ星星の王子の乗用機

 ブラジルの俳句歳時記では、五月六日頃の立冬より八月八日頃の立春の前日までを冬としてあります。
 初冬の季語を少し書かして頂ききますのでご参考になさってください。
  立冬・冬めく・冬霞・鷲・ウルブ・鮪
  蔓サンジョン・冬薔薇・大根・白菜
  端午・奴隷の日(五月十三日)・兵隊の日(五月二十四日)・母の日(五月十日)