5月10日付けのブラジルの有力紙フォーリャ・デ・サンパウロに、ブラジルでフィリピン人の乳母を雇う家庭が徐々に増えているという記事があった。確かに最近スーパーで買い物をしていると時々それらしき女性を見かける。
近年、家政婦・乳母(エンプレガーダ)にも労働法が適用され、雇用契約をきちっと結ばなければならなくなり、残業代も支払わなければならず、最低賃金も上がったブラジルでは住み込みで働く家政婦も減り、怠けていても簡単にクビに出来ず、赤ちゃんを虐待する乳母なども問題となっている。
フィリピン人家政婦を雇っている奥様によると、渡航費用を含め仲介会社に6000レアル支払い、月々2000レアル前後の給与は払っているが、住み込みで働いてくれ、いつもニコニコしていて、心が穏やかで、英語も話せるフォリピン人は、それだけ払う価値があるとのことだ。
日本では、外国人登録で一番多いのは、唯一100万人の大台を越える隣国の中国人で、次が2世、3世も多い韓国人で50―60万人。そして、1990年代後半から十数年間第3位は30万人を超えたブラジル人であった。しかし円高で企業の工場がどんどん海外へ移転し、そこへリーマンショックでレイオフの嵐が吹き荒れ、東北大震災を経て、十数万人に減ってしまった。しかし、不思議なことに在日のフィリピン人はこれらの試練をものともせず、ブラジル人が30万人を超えた頃に十数万人だったのが、今は第3位に躍り出て30万人前後にまで増えている。ブラジル人が帰国して人手が足りなくなった工場に働くのも今や多くはフィリピン人である。
フィリピン人は国民の1割が海外に出稼ぎに出ており、毎年2―3兆円をフィリピンに送金をしており、フィリピン経済を裏で支えており、知らない国へ行ってもへっちゃらで、すぐに言葉を覚え、同化する能力の高い国民である。
そのフィリピン人が、不景気で何万人単位のレイオフが行われ、失業者が増えつつあるブラジルについに上陸したとなると、労働者党を中心とした与党がそれを見逃すとは思えない。記事でもリオの労働局がすでに調査に入っているそうだ。
ところが、今度はアベノミクスで円安になり、輸出が増え、海外に逃げた工場がまた戻ってきている日本で、大量の工場労働者不足が起こっている。各派遣会社は、客先から500人や1000人単位の要望が出ているようだが、まったく対応が出来ていない。
派遣会社に話を聞くと、ホームページを見て、ブラジルの非日系ブラジル人から日本で働きたいという問い合わせが、昨年末から急激に増えたそうだ。一度ブラジルに戻って景気が良いころのブラジルを経験した日系人は、なかなか日本には戻りたがらない。非日系のブラジル人で失業をした人の多くは、天災も恐れず、日本で働きたいと言っているようだが、そこには日本の移民政策、入管法がそれを阻んでいる。せっかく回復基調となった経済が労働者不足で需要に対応できず、販売機会を逃してしまったら、元も子もない。日本政府も考えどころだろう。
国自体が移民で成り立っているブラジルと限りなく単一民族に近い日本。どちらも今は移民に厳しくなっているが、国境を超え、経済が活性化した地域に入り込んでいくフィリピン人、中国人などは後を絶たない。ビジネスも人材の流動性もグローバル化する中で、各国の移民政策は、今後その国の経済発展を左右することになりそうだ。(輿石信男・株式会社クォンタム代表取締役、ニッケイ新聞東京支社長)