サンパウロ 串間いつえ
身に入むや故人となりし事知らず
【「身に入む」は、秋も深まって寒さが身に入むと言うことと、また身内に深く感じ主観のこもった意味あいもある「深秋の季題」である。
最近俳誌の中に名前のない人がいて、それとなく病気であることを聞いてはいたが、その人の病死を聞かされてびっくりしている様子である。さらりとした詠み方であるが、その季語「身に入む」の使い方に優れたものがある。また「故人となりし事知らず」という、思いの深い言葉と省略の利いた立派な秀句であった。】
おしゃべりの薩摩守や花野バス
【二句目「おしゃべりの薩摩守」とは面白い。花野へ向かう老人達のおしゃべり、慰安バスの様子が巧みに表現されていて、読む者の心を癒してくれる。頼もしく明るい巻頭俳句として推賞させてもらい、鑑賞して頂きたいと思う。】
一色の空に広がり草もみじ
なでしこや寂びしふるさと遠くして
萩の雨久子居にけふ俳句会
コチア 森川 玲子
露寒の米研ぐ水の白さかな
【最近米を洗う時、思わず首を竦めるほど冷たく感じる。研ぎ水の濁りが無くなるまで洗わないと気が済まないのは私だけではない。
「露寒」は露が結ぶとき、また草の葉に露が玉をなしているのを見た時など、ぞくっと寒さを感じる、それが晩秋の「露寒」という季語である。この句の「水の白さ」にまるで露の玉のような冷たさを感じた作者である。】
ヨガ組むは仏陀の姿勢秋思断つ
【二句目、ヨガ(ヨーガ)はインドの宗教実践の方法で、今は健康法として修練を行う。ヨガを組み仏陀の姿勢をなして精神や技能をみがく作者。作者は秋思を断って無我の境地となるのである。秋思は、(事に寄せて一種の儚さを感じる事)真摯に修行に取り組む作者の佳句。】
秋冷に吸ふ息吐きてヨガ体操
推敲の堂々めぐり秋燈下
セザリオランジェ 井上 人栄
大豆刈る天まで届く砂埃
【百姓をした時稲刈りはやったことがあるが、大豆は植えなかったので経験がない。この句のように「天まで届く砂埃」とは知らないが、よく乾いて実った大豆を近代的な機械で収穫すれば、まことに天まで届くほどの砂埃が立ち上がるのであろう。昔の百姓とはちがって、全てが機械化し収穫も早く、手で切り足踏みの機械でこすり落とす昔の百姓とは雲泥の差で、スケールの大きな近代農業の俳句である。】
型箱は檜木手造り新豆腐
セラードを見下ろす高台豊の秋
あるなしの風に首振る胡蝶蘭
ヴァルジェングランデ 馬場園かね
集合のいつものところ鯉幟
【旅行をしたり集団で出かける時など、何時に集合する事とお達しがある。作者は時間前に決められた場所に出かけたのであろう。ふと見上げると、あっ!その何時もの広場には鯉幟が揚げられて元気よく翻っているではないか。爽やかな鯉幟を見上げ、そうだ今日は端午の節句だった。たった五・七・五の言葉の中に、かくも見事に端午の節句を読み上げている立派な佳句である。】
狐でて鉄砲かつぎ出す騒ぎ
時雨聴く焼きそば会の席に居て
水鳥やベンチの濡れも昨夜(よべ)の雨
サンパウロ 平間 浩二
晩秋や余生一途のホ句の道
【この句の「晩秋」は秋季の終わりの頃、傍題に「暮秋」「暮の秋」があるが、「秋の暮」は秋の夕暮れ時をいい、混同してはいけない。
作者は、大変熱心に俳句の勉強をしていて何時も感心している。「余生一途の」とあるが、まだまだそのような年ではないが、俳句は頭脳の活性化のためにもよい趣味だといわれている。季語の「晩秋」がよい選択の佳句。】
メトロ前ひらりと過ぎる秋の蝶
晩秋や繰り返し読む備忘録
束の間の雲の流れや秋時雨
スザノ 畠山てるえ
秋の蝶舞へば菜畑見て回り
【晩秋にもなると太陽が恋しい。朝の内お日様が輝くとどこかに隠れていた蝶々が、二つ三つ菜畑で舞い始めた。それを見ていた作者は、釣られて自分の菜園に出て間引き菜でもしながら秋蝶の優しく戯れている様子を見ていたのであろう。のどかな大都市を離れた地方の羨ましいような暮らしの佳句であった。】
火焔樹に太陽真上より照らし
ベランダに萩を眺めて句座和み
只今の声に安堵の暮の秋
ヴァゼングランデ 飯田 正子
老の足枯葎(かれむぐら)にも引っかかり
【年を重ねると一番に足が弱くなると聞いているが、なかなか杖も突けない。
そんな年寄りのやせ我慢をこの句はきっぱりと俳句に詠んでいる。「枯葎にも引っかかり」とは、全くその通りである。「枯葎」は生い茂っていた草叢が枯れ果てて絡み伏している様子。よい季語の選択でいきいきとした佳句である。】
ほうほうと木菟(みみづく)鳴けば寂しかり
ニュースでも節水流す冬の朝
衣被茹でて思ふは母の事
カンポグランデ 秋枝つね子
甘酒をたしなめて呑む花祭
【「花祭」は四月八日の灌仏会(かんぶつえ)で、お釈迦様の降誕を祝う日である。ブラジルでもお寺さんが御神輿を出してお祝いをする。
花祭りには甘茶や甘酒など振る舞われるが、「たしなめて呑む」とは、戒めて呑むにつながり、なかなか楽しいこの作者らしい佳句でありその花祭りの情景が浮かんでくる。】
釈迦も召せ厚焼卵花祭
み仏もふらふらになる菊の香に
秋の風涼と言ふ字もふくまれて
カンポス・ド・ジョルドン 鈴木 静林
草虱今日も鎧ふて宿の犬
【秋の野原や小道を歩くと麦粒程の刺が服や靴などにもぶれつくが、それが草虱である。
宿の犬がそこら中の野原を走り回って、毎日のようにこの「草虱」をいっぱい着けくるのであろう。優しい作者はその草虱を取り除いてやりながらできた一句。「鎧ふて」とはよい言葉。】
パイナ散るコーヒー倉庫が日語校
先生は隣のコロノパイナ散る
何もかも機械農業馬肥ゆる
サンパウロ 金子 照子
わけもなく犬を叱りて風邪心地
子雀のこぼれるごとく降りて来し
秋うらら九十の夫と共に居て
白毛糸編めばますます無口なる
サンパウロ 山本 紀未
此の国にどじょうは聞かず柳散る
此処よりは大学都市やパイネーラ
干し柿やおしろい付けた如く出来
ペリキットパンタナールに羽根広げ
※『ペリキット』はポルトガル語でインコ、小型のオウムのこと。
サンパウロ 大原 サチ
折紙の孫が作りし雛飾る
雨ごとに野は冷え冷えと秋深む
山と積むオーボデパスコア角の店
※『オーボデパスコア』はイースターエッグのこと
払っても身じろぎもせず残る蠅
サンパウロ 建本 芳枝
秋の蚊やデング流行りに怖がられ
秋鯖は若返るよと顔見られ
夜学生帰途のメトロへどやどやと
アバカッテ定年過ぎの夫がもぐ
サンパウロ 高橋 節子
明易し夢現つうつと寝過ごして
ゆく秋や又来年の秋を待つ
虫鳴くや寝入りも深き若き頃
遠からず何時の日か逢ふ天の川
サンパウロ 篠崎 路子
路地裏に立ち込む煙秋刀魚焼く
大方の夕餉の膳に秋刀魚かな
外つ国へ逝けると知らせ星流る
米を研ぐ手を休めては流れ星
サンパウロ 赤木まさ子
ピニヨン剥く不味いと思ひつ又次を
※『ピニョン』はパラナ松の実のこと。
百千鳥あの屋根この木で鳴き合うて
露の世に齢重ねて卆寿晴
赤き実に光る南天露の玉
サンパウロ 中川 敬子
秋天下物言ふ人等デモの群れ
住み古りしサンパウロ市の街に聞く秋気
秋の蚊のお客ばかりを狙ひ撃ち
秋思かな点りしままの心の灯
リベイロンピーレス 中馬 淳一
ジゥマへの支持率さがり身にぞしむ
気象異状マナカの蕾あまたかな
釣りにいこか娘をさそふ冬日和
どんよりと雲のひろがり冬の空
ピエダーデ 高浜千鶴子
何もかも半端のままや秋深む
世の中は夢の如くに秋時雨
孫笑ふ時には四月馬鹿になる
健康に勝るものなし秋高し
ソロカバ 前田 昌弘
デンゲ病む句友を偲ぶ秋哀れ
秋の蝶黒紋付の威容かな
飴色のマロングラッセてふ洋菓子
メーデーの近づく前に続くスト
トメアスー 三宅 昭子
パラー栗のチョコ巻き旅の土産とす
友癒えよ心真白き花インガー
夜学の夢ペルーの孫と会話する
胃潰瘍入院の報秋惜しむ