ジウマ政権の前途は容易ではない。恐らくジウマ・ロウセフ大統領は自分の政治的パトロンであるルーラ前大統領から受け継いだ行政遺産の真価は、どこにあったのかと最近は自問しているに違いない。それは、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国と南アを加えた別名G―5、急成長国群)の内で、とどまる事を知らない旺盛な反自由主義の改進的な新興国ブラジルなのか、又は〃藁をも掴みたい破綻の淵〃にある国なのか?と云うことである。
この様な情勢の中で、大してジウマにとっては好い話が二つある。
その一つはPSDB(民主社会党)の元大統領フェルナンド・ヘンリケ・カルド―ゾ氏と、ジウマが僅差で先の大統領総選挙で破った対抗馬のアエシオ・ネーヴェス上院議員が、ジウマ更迭の弾劾裁判運動(インピーチメント)を今の処は見合わせている事。
二つ目は、ジウマが革新的、社会主義的な大衆迎合演説や主張で、「好ましくない帝国主義の機関だ」と常にこき下ろしているIFM(国際通貨基金)が、最近はブラジル政府が講じた一連の緊急経済改革対策に喝采を送っている事だ。
山積するジウマ政権の悪評
しかし、一方では悪い評判は無数にある。例えばジウマ大統領の人気はここ2年間に65%から13%に急落した。
メンサロンやペトロブラスのメガ汚職事件はここでは取り上げない。日々深刻化する社会不安、議会対決や不純な正義などを敢えて論じなくても、景気後退の統計指数を見ただけでもジウマ大統領の人気不振の理由は明白である。
今年上半期にブラジル経済は既に0・81%収縮し、2015年度予想の0・9%を上回る1・2%の減退を見るだろう。これは過去25年間に於ける最低の経済冷え込みである。
しかし、これでもインフレの場合と同じ様に、まだ甘い好意的な見方なのである。ちなみに、今年の公式目標のインフレ率は4・5%であるが、上手くしておよそその2倍弱の8・26%程度で収まれば未だ良い方だろうと云う。
産業は崩壊し、第1四半期の実績は5・9%の落ち込みで、資本資産の部では18%もの後退である。3月度だけでも自動車産業は4・2%の生産減少で、従業員は8・5%の労働時間を損失した。
2015年第1四半期の失業率は7・9%に上昇した。(対2014年度同四半期0・8%増、および対本年度第2四半期1・4%増)。
この4月には約10万人(9万7828人)の労働者が職場を失ったが、これは過去23年間に於ける最悪の失業難を示すものである。
公約破りを連発するジレンマ
ルーラ元大統領が誇りとした、耳からでも石油が出る程の模範とすべき優良企業ペトロブラスは、今では世界で一番の大借金企業に一変し、ブラジル政府は窮余の策として中国にその救済を求めたが、この対策が果たして良かったかどうかは今後の歴史が証明するだろう。
幾多の困難に悩むジウマは背に腹はかえられず強硬な抜本的対策を当該ケース毎に施さなければならなかったが、その為には選挙公約の多くを破らざるを得ないジレンマに陥っている。
例えば銀行営業利益に対する課税率を33%に増加し、補助金はカット、労働者失業保険制度の制限や公共投資の抑制などの方策を採択した。
これ等は国家経済立て直しに当然要する行政処方薬で、遅かれ早かれ何時かは執らなければ成らない手段だった。
この一連の「ジウマ対策」はIFMや中国をも含む国際資本投資家に好感を以って迎えられたが、一方では現在の社会情勢下では不人気で、其の実施は少なくも当分は苦痛を伴い、民衆の騒動や不穏な社会情勢が悪化するかも知れない。
その兆候は既に政権与党のPT(労働者党)の指導部の内で見られ、党内反対派が勢力を増し、ジウマ離反の風潮が強まっているのである。
しかし、さすがにぺティスタ(PT党員)の政治臭覚は鋭く、政局の危機に遊泳し、難なく身の振り方を処する術に長けている。
しかしてメンサロンやペトロブラスのメガ汚職スキャンダル事件の火の粉を作った多くの党指導者連は平然たるもので、責任を取って離党する事すら考えないのである。
だが、この度は色んな悪行があからさまに暴露され、少々勝手が違ってこれまでの甘いお伽話や大衆迎合主義的な話は終わりを告げた。
もちろん彼らは逸早く悪事の正当化に多種多様の言い訳を弄し、社会進歩主義の保持・弁護論を滔々と述べ立てるであろう。
新自由主義に鞍替えも?
必要ならばジウマは新自由主義に鞍替えし、アメリカ帝国主義の手先(道具)たるIMFに迎合する事があるかも知れないと云う。(この6月にジウマがワシントンの白亜館を訪問するのも偶然ではない)。
そして事情の真相は厳しい。つまり、IFMはジウマの新経済政策を歓迎し支持している。と言うのは、同経済政策はジウマの新閣僚ジョアキン・レヴィー蔵相の構想によるもので、同大臣はアメリカの名門校シカゴ大学出身の保守派で、いわゆる名高い「シカゴ・ボーイズ」である事は否めない大きな理由なのである。これ以上更に述べる事はない。
大衆は去る4月までは進歩的だったブラジルの誤った政治は前ルーラ大統領から引き継がれた遺産だった事は忘れ去るだろう。
同時代の好景気は主に第一次産品(原料)の好調な市場価格がしたものだが、国家経済の強化確立にその裨益を賢明に活用(投資)する代わりに、「あぶく銭」を選挙運動などで人気取りに浪費して仕舞ったのだ。
一般市民に今回採られた厳しい経済更生政策は、過去の民衆扇動や人民主義の大衆迎合的政策に対し、反動的に派生した結果である事の理解を求めるのは無理かも知れない。だが反対に帝国主義、新自由主義や右翼を非難又は攻撃するのは容易なのである。
この悲惨だが効果的な「国家経済治療法」は、皮肉にも今日ジルマ自身が生身に味わなければならない〃激痛療法〃になったのである。(註・本稿は5月26日付ア市のABC紙に載った、ウルグァイのジャーナリストで企業家のダニーロ・アルビーリャ氏の論評を引用したものです)。