「ハポネスだね。ここへ何しにきたんだ」
穏やかな口調だ。
「サンファン」
「ああ、日本人移住地だね。あんたは移住者じゃないね。どんな用事で? 職業は?」
「友人を訪ねるんです。ラパスの大使館に勤めています」
私は胸のポケットから大使館発行の身分証明書を出して見せた。兵隊はその証明書の写真と私の顔を見比べていたが、本人と納得した様子で「ありがとう」と直立不動で敬礼して出て行った。
すると向かいの男が低い声で耳打ちした。
「この辺りに例のゲバラが入ってきているらしいんだ。政府は最近になってからゲバラは絶対にボリビアにはいないと繰り返し声明してるんだ。はじめ二カ月くらいはゲバラが侵入したらしいと新聞が書いていたが、政府は急にそれを打ち消してるんだよ。我々はゲバラがいるのかいないのか、さっぱりわからないんだが……あんたは大使館員から知ってるんだろう……」
男はじっと私の顔を見つめた。
「いや、私は日本から着いたばかりだが、大使館でもゲバラのことは何も話題に上がっていない。ゲバラがこの国に入るらしいということは日本でも聞いたことはあるが、ラパスもコチャバンバでも実に静かでゲリラいるなんて、とても考えられませんね」。男は頷いて「自分もそう思う」といった。
それから男はサンファンの近況を話してくれた。彼は製薬会社の旅商でボリビアが担当だから一年に数回はこの周辺の町や村を廻るという。旅商とは商社の外交員で取り扱う商品の宣伝、販売、集金を兼ねる。中には内緒で他社の商品を扱うアルバイトもする。
「日本人の入植当時、彼らは十年間ほどは全く話しにならない、ひどい目に合ったんだがね。さすがは日本人よ。あんな地獄といわれるところで、半分は落伍したけど、今は明るく希望をもって頑張っているんだからね……。あんたは何しにいくんだね、運悪く雨にでも会うと、とても一週間ではいけないよ、とにかくいくつもの大きな川があるんだ。それが、橋らしい橋がないんだからね。ボリビア人は『橋』という言葉をしらないんだ。川は歩くか泳いで渡るものと考えてるんだからね。……馬でいくのがいいね」
私は男のいう通り馬を借りることにして早速受付けに申し込むことにした。ホテルでは更に奥へ向かう客のために常時十頭ほどの馬を飼っている。男はつづけた。
「サンファンまでは百三十キロほどだが、道路の半分は相変わらず整備されていないから馬でも一日に三十キロ進むのはむずかしい。もし雨が降れば道は泥んこになり、馬の脚でも膝まで埋まってしまうんだ」
この話はラパスでも聞いている。私の目的はゲバラはまず、去年も市民の反乱事件がおきるなど市民の政治意識が強い、このサンタクルース周辺のジャングルに活動基盤を置くだろうと考えているので、あえて日本人移住地のサンファンまで行くには及ばないのだが、この町をとり巻くいくつかの集落にいくにも条件はサンファンと変わらない。それなら日本人のいるサンファンにいくべきだと考えていた。
6
食事を終えて二人が卓から離れようとしたときだった。いつの間に来たのか背後にいた一人の男が立ち上がって叫んだ。
「センセイ! センセイじゃないですか」
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