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ニッケイ俳壇(841)=富重久子 選

   サンパウロ         松井 明子

蔓サンジョン眺めつ遠き旅に出る
【「蔓サンジョン」はブラジル原産。街中ではあまり見られないが、郊外から奥地に行くと崖に蔓を伸ばしたり牧場の柵に巻きついたりして、初冬から橙色の筒型の花を咲かす。
 その昔、旅に出ると牧場や木立の木々に蔓サンジョンが懐かしい色に咲きついで、飽く事知らず眺めたもので長旅での何よりの心の癒しのあった、と言う一句。】

好きな夢見つつ眠れよ浮寝鳥
【二句目の「浮寝鳥」、冬になると鳥の群れの中に水に浮んだまま、首を翼に突っ込んで眠っている姿を見る事がある。その群れの中には雄鳥であろうか、あちこち首を擡げ(もたげ)警戒している様子。「浮寝鳥」の言葉からして冬の趣の深い佳句で、この作者らしい優しさも滲む巻頭五句であ
った。】

冬めけば五右衛門風呂の懐かしき
冬菜摘む家族総出の野良仕事
奴隷の日忘れられない酷い(むごい)日々

   サンパウロ         橋  鏡子

晩歳のつのりし無口枇杷の花
【「晩歳」は年老いた時、晩年の呼び名。近年は寿命が延びて喜寿、傘寿はまだまだ若いうちのような気がしている。
 この句は近年亡くなったご主人のことであろうと思われるが、普段から余り話さない人であった様である。晩歳ともなると益々無口がひどくなって、と一人在りし日の事を想いおこしている俳句であろう。季語の「枇杷の花」がよい選択であった。
 「晩歳」の字の上下で「歳晩」は年の暮れ、年末、を言う言葉で冬の季語となっている。】

寒の月列車これより海底へ
よく見れば鯨の眼(まなこ)やさしかり
梟の鳴き声聞ける電子辞書

   ペレイラ・バレット     保田 渡南

近隣は仲よき国よ天の川
【最近の世界情勢は日に日に悪くなっていくようで、毎日のニュースで避難民を見て誰しも心痛むことである。
 ブラジルは周りのどの国ともいがみ合う事もなく、いたって平和である。「仲よき国」と言う言葉どうり、今の所戦争も災害もなくあり難い事である。季語の「天の川」が作者の想いの安らかさを現すよい選択であった。】

天の川鄙びし町に夜々濃かり
低くとぶアララ一際声高く
※『アララ』はコンゴウインコのこと
銀河濃くゴッホの星は渦巻きて

   アチバイア         吉田  繁

竹の春竹林と言ふ静けさよ
【「竹の春」と言う季語をはじめは理解できなかったが、実際に現実を見てなるほどと納得したものである。筍が若竹となりそれが成長して緑色に美しくなるのが仲秋の頃、それで「竹の春」と言う季語が生まれたとある。
 「竹の春」の竹林は若々しい緑に覆われてさわさわとそよ風に靡き、まことにこの句の如く爽やかな竹の葉だけの静けさである、と言うまことに静かな心に染む佳句であった。】

こほろぎの声はランプの火影(ほかげ)より
釣った夢逃がした夢も四月馬鹿
土壁の割れ目しきりにちちろ鳴く

   ポンペイア         須賀吐句志

誰彼の訃音(ふいん)聞く日や冬の雨
【最近思いがけない人々の訃報を新聞で見て驚くことがしばしばある。
 この句も誰彼の訃音を聞いてしみじみとした想いに沈んでいる様子である。季語の「冬の雨」が一層かなしみをさそう。「訃音」は「訃報」に同じ。】

受け止めし重き言葉や初時雨
テロも無く平和の空を鳥渡る
着ぶくれて鍵を出すにも一苦労

   サンカルロス        富岡 絹子

近道をして草虱付けて来し
【田舎に住んでいる時は子供がこの「草虱」をズボンに付けてきたものであるが、日本の草虱に比べてうんとごつく痛いのに驚いたものであった。今は街住いで全く忘れている。
 「近道をして」というところが、この句を楽しく読ませる佳句である。】

母の日や遺影は今も微笑みて
秋の風夢を散らして訃報かな
小春日や薬飲むこと忘れ居り

   サンパウロ         菊池 信子

母の日や祖母となりても母を恋ひ

【祖母、おばあさんである我々は皆もう八十過ぎてしまった。祖母は母親より何となく責任もないし気楽な存在で、時々小遣いをやったりして孫を可愛がって喜んでいる。
 母の日にふと自分の母親の事を思い出すが若かりし頃の、自分を母の面影に重ね懐かしい思いに駆られる、と言う優しかったお母さんの一句である。】

執念は草にもありて草虱
八十路歩す身にしみじみと秋の風 
草虱干して強壮剤となし

   イツー           関山 麗子

冬晴や家なき人の夜着を干す

【今年は秋から急に冬が訪れて吃驚したが、良いお天気の日和が続き温度は低くても気持ちのよい冬日和である。
 この句の「家なき人も」ということは住む家が無く橋の下とか、又テント張りの借り住まいをしている人もと言う事であろう。
 ふと見ると湿った夜着を日当たりに出して干しているのが見え、ああ、太陽が出ていてよかったなと、一人安心している様子。
 少し分かり難かったが、そう解釈させて頂いた。この作者らしい心に残る佳句であった。】

立冬や気温下がりて頷ける
枯れ園に残る実あさる鳥の群
月皓々明けて端午の佳節かな

   ボツポランガ        青木 駿浪

寄鍋にもやしもつれて煮上がりぬ
荒壁に銃吊り下げて狩の宿
厨にも消火器のあり冬の宿
身に入むや友の位牌を書く涙

   アサイ           西川 直美

忙しさを生きる糧とし八十の秋
老いてなほ忙しき日々や秋深む
月の窓唄ふ名月赤城山
秋夕やけ牧舎へ戻す牛五頭

   ブラジリア         園田 昭代

日本で大根の売れ上々と
朝寒や孫は元気に声上げて
新米の値段上がりてインフレも
母の日や白髪の増えし鏡見る

   アチバイア         東  抱水

土人の日日本人似の親子連れ
こほろぎの何時も鳴きゐる勝手口
ゴヤバーダ老いれば甘きもの好む

『ゴヤバーダ』は果物のゴイアーバで作ったお菓子

『ゴヤバーダ』は果物のゴイアーバで作ったお菓子

(Foto By Rodrigo.Argenton (Own work) [CC BY-SA 4.0 (httpcreativecommons.orglicensesby-sa4.0)], via Wikimedia Commons)

池の辺に鳥語にぎあふ竹の秋

   アチバイア         宮原 育子

夢に見る宇宙は近し四月馬鹿
いさぎよく育ってをりぬ竹の春
四月馬鹿話し出す機を探りをり
逃げる子のズボン重たきゴヤバ二個
※『ゴヤバ』は果物のゴイアーバのこと

   アチバイア         池田 洋子

こほろぎの声聞く今宵乾杯す
鳥一羽渡りの群れをはぐれしか
半袖と長袖まじり秋の街
雨降りて夫を気づかふ竹の春

   アチバイア         沢近 愛子

飛機の旅雲海素晴らしランチ出る
パスコアや老にも届くチョコ卵
鳥が好き小虫も好きなゴヤバの実
水着きてブラジル温泉亦楽し

   アチバイア         菊池芙佐枝

混血の孫に味噌汁秋野菜
紫蘇の実でつくだに作りよき香り
南伯でりんご捥ぎした香が今も
つはり時ゴヤバの匂ひに泣かされし

   インダイアツーバ      若林 敦子

宅地跡いつのまにやら枯園に
冬に入り煮込み料理を今夜にも
朝寒や長蛇の列のピカソ展
奴隷の日アフリカ難民今の世も

   サンパウロ         佐藤 節子

母の日やみんな元気で子と祝ふ
母の日に一人一人が花造る
造りたるきれいな花は母の日に
母の日やみんな良く来てうれしかり

  サンパウロ         秋末 麗子

冬めきて古着キャンペーンあれこれと
空しさや母の日はただ供花のみで
蔓サンジョン淋しき野路を明々と
冷水に夢を見るかの浮寝鳥

   サンパウロ         林 とみ代

母の日や庇ひかばはる家族等と
しんみりと余生あれこれ秋の風
垣根越しにおしゃべり続く小春かな
小春日和赴くままに歩を伸ばし

   サンパウロ         鈴木 文子

うそ寒や汚職の連鎖どこまでも
草虱びっしりつけて戻りし子
おだやかな一日母の日賜りて
それぞれに違ふ生き方秋の風

   サンパウロ         竹田 照子

曾孫来て静かな我が家小春めく
秋風や何時も共せし友の逝く
白桔梗若き花嫁うつむきて
草の花石畳に今日もりんと咲く

   サンパウロ         玉田千代美

秋風にゆらぐ心地や老の身に
小春日やわが身励ますリハビリに
投函し帰り唄へば秋の風
余生なほ生きる喜び秋の風

   サンパウロ         原 はる江

娘等の心尽くしてママイの日
皆去りて山荘淋し秋の風
小春日に老夫と行かんお茶の会
寒さ増し徐々に重ねる毛布かな

   サンパウロ         森井真貴子

秋風や子の童謡を聴いてをり
小春日や影と競演鬼ごっこ
母の日にチアの手製のプレゼント
母の日や子が母となる日を想ふ

   サンパウロ         上村 光代

家族皆揃って祝ふ母の日に
田舎道秋風ほほに気持ちよく
秋の風木が揺れている踊ってる
気持ちよき秋の風吹く田舎道