すかさずゲバラは隙間から続けざまに拳銃を発射した。手ごたえがあって一人が「おおっ!」と叫んで前こごみに倒れ、一人はびっこをひきながら走り、乗ってきたジープに跳び乗って走り去った。ジープにもう一人の影があった。
倒れた男の胸を黒い血が染めていた。
ゲバラの数発の弾は肺と胸を貫通していた。そこへ老村長が驚いた顔を出した。
「死んでる。あとを頼むよ。すまないが……」
ゲバラは老人にいい、部下がエンジンをかけているジープに跳び乗った。
さて、どっちへ行ったらいいのか。敵のジープはサンタクルースの方向に走って行った。同じ道を走るのは危ない。遠廻りになっても細い小径をいこう。小径といえども油断はできない。ロベルトはどこまでいったろうか。もうコチャバンバへ着いてペルーのグループと合流しただろうか。もし合流に成功しているとすれば電信があるはずだ。
小径は二メートルもある雑草とうっそうたる樹木に挟まれていてジープの進行を拒んだ。幾度かジープを捨てて徒歩でいこうかとも考えた。しかし、そうすれば、一週間、十日は消えてしまう。
四日目の朝、ジープは漸くサンタクルースの西一〇キロの地点に出た。農家が五〇メートルおきほどに見え始めたところで幸いに小さい雑貨屋があった。ゲバラはジープを降りて店先気に立つと奥から五十がらみの女が顔を出した。ゲバラは早速パンを注文した。タリハで用意した糧食はもう殆どなくなっていて誰もがひどく空腹だった。
「カフェかマテ、くれないか」
女房はいそいそとカーテンの奥に入って間もなく薬缶と茶碗を台の上に乗せた。
「ありがたいね。パンをありったけくれ。それからアスーカル(砂糖)もね」
四人の服装をじろじろと見ていた上房がいった。
「あんたたち、どこから来なさった?」
「アルトパラナからさ」
「ああ、あの日本人の移住地のあるところね」
女房のスペイン語は標準語だった。ゲバラはこの女性は少なくとも小学校を終えて文字も読めると見てとって質ねてみた。
「近頃、この辺にゲリラが出没するという話だが、あんたは見たことあるかね」
「……ないけど、兵隊とは迷彩服を着たレーンジャーとかいう人たちの往来が激しくなったわ。村役場からも夜は危ないから早く扉を閉めて客を入れないようにって布令がきてるわ」
「そうかね。おれたち、まだ一度も見たことないね。おれたちゲリラと兵隊たちの戦争を見たくてやって来たんだよ」
一人がいうと女房は眼を丸くして「そりゃ止めた方がいいわ。危ないから。つい四、五日前にサンタクルースで一度に八人もゲリラが兵隊にやられたのよ」
「ええっ! そんなことあったのかね」
ゲバラは胸が締めつけられた。
町なかで同士が犠牲になっているとすれば数カ所で作物を作っている仲間たちはどうなのだろう。仲間たちは深いジャングルの中に潜みながら小さい畑を耕しているのだから滅多に発見される気遣いはない。そう考えているとき、突然頭の上を飛行機が飛び交う爆音がした。ジャングルの中では見えなくても上空からなら五メートル平方の狭い畑地は容易に発見されるだろう。
「心配ないよ。おれたちゲリラじゃないんだから……。物好きな野次馬なんだから……」
そういっている間に女房は新聞紙に包んだパンと袋に詰めた砂糖を台の上に乗せた。
「あんた新聞、読むんだね」
ゲバラは呆気にとられた。この田舎で女性が新聞を読むのは珍しかった。
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