「それはあしたにしておけ。今日は祝宴だ。ここに居て、婚姻を祝って葡萄酒を飲んだり、菓子を食ったりするがいい……。作業場へ行ってみな……」
「へぇ、親方。有難てぇことで。おれ、必ず、乾杯の仲間入りをさせてもらいます……」
「分かった、分かった。行け!」
狐は鶏小屋に入り込んだ……。
作業場で馬を降りたとき、シルーの脚は鉛のように重かったが、虎のような勇気で眠気をこらえた。
間もなく、大宴会が始まった。婚礼式は食事の後で、夜に執り行われる。続いて舞踏会だ。歌唄いやギター弾きが何人も来ていて、屋敷の広間やおもて表のテレーロと呼ばれる広場でチラナダンスやアヌーダンス、その他いろんなダンスを踊ることができた。
レドゥーゾは素知らぬ振りをしながら……少しずつ食堂の窓際に身を寄せていって……、そこで、気楽な風来坊よろしく食ったり、飲んだりしていた……。
花嫁はまるで死人みたいだった。顔色は蒼白く、目は落ち窪み、とめどもなく涙を流していた。黒人の乳母は、後ろに控えていたが、黒い女がただ白目だけを動かしている様は、まるで煉獄でもだえる亡霊そのものだった……。
島育ちの野郎ばかりが陽気で、浮かれていた。
ロクでなしめが、一刻もじっとしていられないようだった!……
花嫁の様子だけが気にくわないらしかったが、ずるがしこいヤツだから見て見ぬふりをしていた……。
客の一人が立ち上がると、乾杯に続いて祝いの詩を吟じた。続いてもう一人、さらにもう一人、次々と即興の詩を披露した。笑い声が起こり、花婿は礼を述べ……花嫁はいっそう涙にくれた。
客たちはさかんに拍手を送り、娘たちまでが自作の詩を披露すると若者らがそれに応える。祝宴は大いに盛り上がっていった。
その時、農場の管理人が戸口に現れて、婚礼の祝いにと即興詩を披露する許しを求めた。それは見事な出来ばえの十行詩だった。居合わせた連中、家畜の番人や小作人たちも余興に加わった。
やがて、セヴェロじいさんがふと思い出したように、「ところで、レドゥーゾはどうした?おい、シルー!……」と声をかけた。
「へい、親方」とシルーは答えた。
「さあ、どうした?……乾杯すると約束したようだったが」
「もちろん、今やろうと思ってたとこで!」
言うなり、みんなが座っている大テーブルに近づいて、新郎新婦のまん前に立った。そしてタラパ嬢さんの顔をじっと見つめながらグラスを揚げて、言った。
おれははるばるやってきた、
パウ・フィンカーダの辺りから。
赤いスイカよ、青いヤシの実から
たくさんの言づけだ!
一同は大笑いして囃し立てた。島野郎は笑い転げるし、セヴェロ爺さんは上機嫌で「いいぞ、シルー! もっとやれ!」と叫んだ。騒ぎがいくらか治まった時、突然、花嫁がバネ仕掛けみたいに立ち上がった。一方の手で乳母の腕を握りしめていたが、もう泣いてはいなかった。頬には赤みがさし、両の目が二つの黒い星みたいに光っていた!……
その美しさといったら、まるで聖母マリアのようだった!
レドゥーゾはこの機会をのがさず、次の詩を続けた。
埃だらけの道を来る
あんたのいい人は戦から
色あせた赤いスイカよ!
青いヤシの実はすぐそこだ!……
お前さん! それから先、何が起こったかってことを、どう話して聞かせたらいいのか!……
花嫁は叫びをあげて、後ろにひっくり返った。
席についていた者は残らず立ち上がり、女たちは娘を助けようと駆け寄る……。
神父は左右に十字を切る……。
島野郎はレドゥーゾを注意深く観察すると、ベルトに横ざしにされた山刀に気がついた……。たちまち悪意むき出しで、
「この黒ん坊のせいだ!こんな物騒なものを持っていやがるから、嬢さんは震え上がったんだ」と、怒りで真赤になりながら叫んだ。
近くにいた男がシルーに食ってかかった。
「この野郎、何をしやがったんだ?……」
レドゥーゾは勇敢な男だったから、そいつの横っ面に五発ほど強烈な平手打ちを食わせた。
たちまち、周りの男らがヤツに飛びかかった。大混乱の始まりだ!
島野郎がテーブルの向こう側から投げつけた酒瓶が、まともにシルーのアゴと耳の間に当った……。
大喧嘩になった。誰が誰と喧嘩しているのかも分からなかった。
この騒ぎの中、レドゥーゾは大テーブルの下に潜り込んで反対側から現れると、後ろ手に山刀の柄を掴んで、その刃先で島野郎に切りつけた……。
そうして、皆に捕まって細切れにされる前に――どうしてされまいことか――レドゥーゾは窓から外へ抜け出して作業場へ行き、最初に目に付いた老いぼれ馬に跨ると、あとは一目散だ!……。
それから後は単純な話さ。
二日後にコスチーニャが到着した。例えて言えば、手なずけられたばかりの若馬が颯爽と行進するみたいな様子でだ。着くなりセヴェロ爺さんの前へ行って、娘との結婚の許しを求めた。爺さんは、娘にはすでに約束があって、その婚礼に思わぬ横槍がはいったために、予定日から遅れてしまったことを白状しなければならなかった……。コスチーニャは聴く耳持たずで……激しい口論になった……。娘もやってきて嘆願した。
お前さん、分かるだろうが。少なくとも四人がとばっちりを喰らうことになってしまった……。
レドゥーゾはセヴェロ爺さんに遠慮して、当分のあいだ隠れて暮らさなけりゃならなかった。ずっと後になって、コスチーニャはもう結婚していたが、レドゥーゾは牧童の住む宿舎のの管理をまかされた。そして、ついには農場の管理人になった。
農場での信頼が厚かったということさ。
どうだね、好き合った若い二人の合言葉は?赤いスイカと……青いヤシの実だとさ!……(「赤いスイカと青いヤシの実」終わり)
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