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パナマを越えて=本間剛夫=107 (終)

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『追記』
※帰国して半年余りが過ぎた時、思いがけなくエスタニスラウから部厚い便りを受けとった。それには私のボリビア出国以後のゲバラに関する詳細が述べられていた。その大要を箇条書きで記すことにしよう。
※ボリビアは一九六七年一月二十六日死刑を廃止しているが、ゲバラ殺害はその十年後であるにも拘わらず。殺害の正当な理由の説明もなく現在に到っている。屍の一部はキューバに埋葬されたというが、本体はどこに葬られたか諸説粉々で真実は分らない。
※ゲバラの旧友ロベルトはコチャバンバでペルーの援軍と合流するといって出発したが、これは最初から詐欺の目的で、コチャバンバには向かわず二百五十万ドルを着服してヨーロッパのどこかに隠れていると言われる。ロベルトの提言は理論的で首領は心底感銘したが、かって彼が革命運動に参加したことがあるとは聞いておらず、そこに疑問をもつのが常識なのに、盟主の人となり旧友を疑うことなく、信じてしまったのだ。私が傍にいたら少なくとも軍資金を渡すようなヘマはさけられただろう。
※ペルーの同士たちはゲバラの策戦に飽きたらず、戦うことなく引き上げてしまっていた。首領は戦略家ではなく、純粋な正義漢だったことが分った。
※警察庁職員として鋤いていたパウリーナは身分偽称の上、ゲリラの一員であることが発覚して追放され、直ちにゲバラとの合流を考えていたが、ゲバラの死を知って自殺した。キャバレーで働いていたターニャは一時、ラパス警察に拘禁されていたが、釈放されたあと行方不明。
※最後に私は一度も戦闘に加わることなく、後方にあって兵器、食料の補充に奔走していたが、盟主の死を知り、その後ブラジルに帰り、イギリス資本の策略を調査している。ブラジルの広域交通機関は米・英資本に握られている。一昔前までは総ての鉄道、現在は遠距離バス網で全土を覆っている。これをブラジルは取り返えさねばならない。私は無力だが革命の気運が来れば、いつでも参加する覚悟だ。
※盟主ゲバラが各国の左翼グループ、特にボリビア最大、最強の鉱山労働者団体との強い紐帯をもたなかったことは大きな誤り立ったとする論もあるが、それは納得するとして、大切なのは疎外された貧民の困って来たる原因を探求すれば失敗はいくたび繰り返そうと、絶えず革命の繰り返すことに意味がある。これは盟主の精神でした。
※盟主の居所をしゃべったフランス人記者ドブレはサンファン近くにいたのだが、政府がゲバラの存在を否定し続けたことでサンタクルース町民もそれを信じているらしく、危険はないと誤信してサンタクルースに買い物に出たところを捕えられ、盟主の所在を白状したため、軍は容易に盟主を発見した。
※ドブレは逮捕され、三十年の刑を受けたが母親の嘆願によって無罪となり、フランスに帰り、現在フランス政府の重鎮としておさまっている。

 最後に今年中、日本、中国を廻る計画がありますので、ぜひセンセイにお会いしたいと思います。どうぞお体を大切に、私をお待ち下さい、と結んであった。       終

 この便りのあと既に半世紀以上が過ぎている。それまで、毎年、クリスマス・カードの便りがあったが、一昨年から来なくなった。恐らく他界したのだろう。私より十四歳も若いのだから、顕在ならば七十九歳になっているはずだ。
    (『パナマを越えて』 完結)