SESC(サンパウロ州商業連盟社会サービス)が主催し1、2の両日夜、サンパウロ市のSESCピニェイロス劇場で能公演が行われた。今事業のために14人もの大型芸能団が来伯。両日の公演は満員御礼、拍手喝采で締めくくられ、大きな反響で幕を閉じた。
合併・買収をサポートする企業「日本M&Aセンター」の分林保弘会長が、2014年3月に経済使節団として来伯した際、福嶌教輝・在聖総領事(当時)から外交120周年行事業の開催を相談されたことで開催に至った。
同会長は京都観世流の能楽師の家に生まれ、3歳で初舞台を踏む経歴を持ち、今もなお現役で舞台に立つ。今回は甥に当たる分林道治さん(42、京都)を団長とし、6人の重要無形文化財保持者を含めた計14人が初来伯した。
通常の国外公演は3、4人によるワークショップ形式が主だが、今回は稀な大型訪問団が組織された。狂言「寝音曲」と能楽「船弁慶」で構成された公演では、収容人数1100席の会場が両日とも満員になる盛況ぶりだった。
観客の大半が非日系で船弁慶のみポ語字幕付きだったが、寝音曲で酒を飲む場面ではポ語で「Beba、Beba(飲め、飲め)」「Gostoso(うまい)!」という掛け合いもあり、終始笑いに包まれた。夫、息子らと来場した市内在住の黒須悦子さん(77、大阪)は、「50年ぶりに生で観た。最後に観た日本での公演と何ら変わらず、本場そのもので感動。迫力が違う」と喜んだ。
演劇学校に通うカルメン・デ・オリベイラさん(27)とヨナラ・デ・オリベイラさん(33)の姉妹は、「友人から誘われて初めて能を生で見た。名前だけは知っていたが、太鼓や笛といった楽器の音色が独特で魅力的だった」と感想を語り、非日系にも好評だった。
公演を終えた分林団長は、「情熱的なサンバ文化を持つラテンの国で、文化的に『静』である能が受け入れられるか不安あった。派手な動きも少なく表現も独特な芸能だが、身を乗り出して見つめるお客さんがいるなど手ごたえを感じた。大きな拍手を頂き、熱い反応に感激している」と充実した面持ちで語った。
当地の能楽活動に対しては、「地球の反対側という一番遠い国でありながら、ブラジル能楽連盟による舞台設営が非常にスムーズで、他国にないレベルの高さに驚いた。関心を持つ人が増えてほしい」と願った。
充実のワークショップも=専門家ら70人が知識深め
2日午後には後援するブラジル能楽連盟の希望を受け、ワークショップも行われた。分林団長は「室町時代に生まれ、650年途切れていない世界的にも稀な伝統芸能。お客さん各々が情景を汲み取りながら楽しむことが秘訣です」と説明。会場には役者を目指す若者や、画家で俳優の金子謙一さんらも来場し、約70人の参加者が能の成り立ちや能面・楽器の解説に耳を傾けた。
狂言方の小笠原匡さんも登壇し、「動きが豊かな狂言はパントマイムに似ている。能とは双子の兄弟と言われるが、喜劇の要素が強くより親しみやすい」と説明した。扇を使って酒を酌むしぐさを実演し「閉じれば箸、筆、刀としても活用する。貧しいから買えないわけではないですよ」と笑いを誘った。「背景を想像しながら楽しむことは能と共通している」とし、能と比較しながら分かりやすく解説した。
日系学生らによるサンパウロ大学生援護連盟(ABEUNI)の仲間と演劇を学んでいるアサト・レナタさん(29)は、実際に足の運び方の指導を受けた。「実体験を通じ非常に良い経験になった。大勢の芸能団が来て感謝している。能楽がブラジルでも広く関心を持つ芸能になってほしい」と期待した。
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サンパウロ市の能楽公演は、非日系にも概ね好評だった。能楽「船弁慶」は、平家の亡霊を主人公とした独特の世界観だったが、ポ語字幕で補足され伝わったようだ。本日付け3面「ギリシャ叙事詩が能に」のようにブラジル発見、サンパウロでイエズス会が初ミサ、独立譚や英雄チラデンテスの逸話を元にした能の新作があればさらに関心を引くかも。もし完成すれば、まさに日伯の文化融合といえる作品になりそうだ。