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昨年7月8日の屈辱の敗戦直後のセレソン(Crédito: Rafael Ribeiro/CBF)
昨年7月8日の屈辱の敗戦直後のセレソン(Crédito: Rafael Ribeiro/CBF)

7―1=屈辱の敗戦から1年=いまだに尾を引くファン多く=セレソン復活の打開策は?

 8日、昨年のサッカーW杯準決勝の対ドイツ戦でブラジル代表(セレソン)が7―1の屈辱の敗戦を味わってから1年が経過した。それにちなみ、8日付伯字紙はいずれも、大きく紙面を割いて特集を組んでいる。
 「ヴェシャーメ(屈辱)」と呼ばれた7―1の歴史的大敗は、1950年のW杯ブラジル杯での「マラカナンの悲劇」を上回るブラジルサッカー界の惨劇として語られ、この1年、国内のサッカー・ファンのあいだでは、「7―1」というのが、日常会話やネット上での枕詞になっていた観さえあった。
 今回の1周年に関しても、さまざまなメディアが8日を迎える前から色々な形で特集を組み、ブラジル内での話題のトピックになっていた。
 8日も、エスタード、フォーリャの両紙が特集を組み、それぞれの見解を見せている。
 エスタード紙は、W杯に加えて、コパ・アメリカでの敗戦もあわせ、18年のW杯予選に向けて危機感を煽る形での記事を載せ、ブラジル・サッカー連盟(CBF)や、ドゥンガ監督下でも続くネイマール依存症への不満を表している。
 一方、フォーリャ紙は、屈辱の試合を改めて振り返り、前年のコンフェデ杯での采配の縁起をかつぎ、ウクライナ・リーグ移籍後に調子が落ちていたベルナールを骨折したネイマールの代役に安易に起用したとして、フェリポン監督の采配を批判した。
 ただ、屈辱の敗戦に出場した選手のその後のキャリアを振り返る記事では、自身のチームでうまく行っている選手が比較的多いことに言及し、過去3度のU―20W杯で好成績をあげていることなどにも触れ、「セレソンに回復が必要なことは事実だが、〃ドイツが強く、ブラジルが弱体化した〃などの安易な診断をすると事態はさらに悪化する」と述べている。
 6日には、元セレソンの歴代監督らを集めた強化委員会の最初の会合が行われたが、ドゥンガ監督はそこで出た欧州からのスタッフを招く案を、「欧州の真似をする必要はない」と否定した。