「ほら、可愛いでしょ」と猫好きの知人に見せられたのは、和歌山県貴志駅の駅長「たま」の写真。07年に〃駅長に任命〃されて以来、一躍人気者となり、6月に亡くなるまで同地に11億円に上る経済効果をもたらしたというまさに招き猫。葬儀には国内外から3千人が参列し、その旅立ちに涙した▼しかし、こうした一見動物好きな民族の微笑ましい光景も、それが抱える矛盾を知ると滑稽に見えてくる。これだけたまの恩恵に預かりながら、同県の犬猫殺処分率は全国4位で、動物福祉の取り組みは「野良猫への餌やり禁止」どまりだからだ。日本全国では年間30万頭が殺されているので、同県でいえば新宮市規模の街が毎年ほぼ壊滅するに等しい▼この実情を知る在日ブラジル人は「信じられない」と絶句する。当地の治安は人間に評判が悪いが、動物には日本こそが無法地帯だ。欧州同様、ブラジルは飼い主のいない犬猫の殺処分を禁じており、約10年前にそれを実施していた自治体は、違法判決を受けて廃止した。その時、最高裁は自治体の行為をナチスの強制収容所でのユダヤ人虐殺に見立てて非難したという。こうした価値判断に両国国民の意識の違いが表れている▼食用などやむをえない場合を除き(これを偽善と呼ぶ人もいるが)、健康な動物の安楽死は多くの先進国では犯罪だ。常識や法律は時代と地域で変わるものだが、この点で日本は前時代的といえる▼たま駅長の成功にあやかろうと、日本各地で動物駅長が流行りだした。ブラジルなら動物愛護活動家が便乗するところだろうが、日本ではどうなるか。「可愛いわね」で終わらない相乗効果を期待したいが。(阿)