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一世一代の河原乞食=サンパウロ 加藤俊二

 江戸時代、京の市中を流れる鴨川の四条河原で歌舞伎が上演され、観客で賑った。この興行現場を見くだして役者を「河原乞食」と揶揄した。次に記す河原乞食は、天下の大道で一世一代の迫真の演技を披露。篤とご堪能下されまし。
 神戸移住斡旋所に入所した昭和35年(1960)6月、元町の自転車店で銘柄「能率」の中古車を買い移民船に積んで来た。爾来50有余年、日々の用立てに小回りが利いて便利な当の自転車を愛用している。
 2年前、店へ買物に行く途中、歩行者優先表示の三叉路で飛び出した車に前輪が接触、残骸化した。車から浅黒い男が降り立ち、俺の過失には非ず、と高飛車に出た。口籠もる手前のポ語にては反撃相敵わず、しどろもどろの体たらく。
 ずるずると関っていては形勢不利と思いしか、掴み出したる数枚の紙幣から20レアル一枚選り抜いて、さあ受け取れ、と手切れ金の腹積り。急遽踵を返し車に戻り、縋る己を突き離しエンジン吹かし飛び失せり。
 口惜しや、憤懣いや増さり路上にべったり尻餅搗いて、人前をも憚らずヤケ糞を起しぬ。物見高きブラジル人足を止め周囲はカラフルの人だかり。
 小母さんが人垣搔分け目の前に来た。華奢ではあるがヒップ、バスト活き活きと盛上り、黒い瞳に艶やかな黒髪。透徹の雪肌、ツンと鼻の高い彫の深い面。ラテン系の魅力的ご婦人だ。
 まあ不憫な老人よ、お宅へ電話して進ぜよう、誰か在宅か?勤めに出て誰もおらん。然らば其の勤務先は?知らぬ存ぜぬ。それじゃ詮方ないわ、メウ デウス!
 続いての登場は筋骨逞しき大柄なお兄ちゃん。二の腕から肩にかけ鮮やかなる彫物を露呈した、いなせな若い衆だ。
 爺さん、落胆するこたアねえ此れご覧。唐突に示したる紙切れに相手の車のナンバーを控えている。ヴァモス プラ デレガシア コミゴ!
 去就に迷い、思案投げ首。いや、修理に出すから、済まんが自転車屋まで同道してくれ給え。
 事もなげにOKして、いとも軽々、大破の自転車担ぎ上げ助太刀して呉れた。大衆は弱者へ救いの手を差伸べる。感涙にむせぶこと限りなし。

【登場人物プロフィール】
 主役=老いぼれた純血大和民族
 悪役=因業な中年のモレーノ
 脇役=セクシーなラテン女と勇み肌の白人若者。
【クライマックス】
 悪漢逃亡、置去りの老爺が身悶えて天を仰ぎ、地を叩く、取り乱しの場。
【特色】
 人種のるつぼブラジルならではの世話物。
【写真】

自転車

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