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ニッケイ歌壇 (496)=上妻博彦 選

      サント・アンドレー  宮城あきら

沖縄のゆくえ如何にか明日暗き辺野古の海に招かざる基地
全国土の六パーセントに過ぎさりしわが故郷に基地がひしめく
国防はその地に住めるはらからの賛意なければ成り立ち難くも
国守りは全ての国民(たみ)の大事ならむ何故にわれらに負ぶさりくるや
いま再び「戦場の哀り」聞こえくる辺野古岸辺の風巻き荒らぶ

­【註】『戦場(いくさば)の哀(あわ)り』は、沖縄戦の悲しみをうたった沖縄民謡『二見(ふたみ)情話』の一節。二見は辺野古のすぐ北どなりの村落で、戦争終結時、捕虜収容所がおかれ、親兄弟を失った人々の悲しみがきわだっていた場所です。大浦湾を面前に風光景美なところ。

  「評」戦後七十年の節目を、NHKが噴出する様に放映している。『いくさばのあわり』がひしひしと迫る思いです。あの惨禍を繰返してはならぬと『ぬちかじり』の声が聞こえる。

      サンパウロ      相部 聖花

「よき母」とし市より表彰されし母記念の花瓶今わが手許に
庭の花を母の形見の花瓶にさして三十八忌の読経を捧ぐ
サマンバイア豊かに伸びて涼を呼ぶ故郷の軒の「つりしのぶ」偲ぶ
※『サマンバイア』は、シダ植物のウラジロのこと
ドラセナの幹にくくりしデンドロに二十の花咲く成績上なり
父の日に料理する娘(こ)を十歳の孫が手伝うを頼もしく見る

  「評」二首の三句『花瓶にさして』と、母上をしのびながらの手許が目に見えてくる、そして読経を捧げる作者。字余りして静謐さが伝わる。

      モンテ・カルメロ   興梠 太平

傘寿まで生かしてもらった大恩をお返ししたしこの世のために
終戦の防空壕から70年ともに祝わんわれらが傘寿
スカイプで友の声聞きお互いの傘寿を祝えるこの有難さ
傘寿とは淋しきものよふるさとのお国言葉も遠くなりたり
傘寿とは悲しきものか知人が一人また一人旅立ちてゆき

  「評」あの戦中戦後の狭間を生きた世代が一人また一人と旅立って逝く今、傘寿を生きる喜びが伝わる。寒さとひだるさに耐えたあの頃が、懐かしくむしろ有難くさえ感じるのである。

     サンパウロ       坂上美代栄

短歌とはこういうもの示さるる先輩の歌に一から学ぶ
ふらふらと三年になりし歌の道三十年、四十年の先達の中
虻蜂は取らずともよしと決めしよりにわかに軽し詩歌の世界
空の雲路傍の石を眺めつつ物言わぬものの物言うを聞く
米国に住む娘の電話しげくして祖母にはいまだ成し得ずと言う

  「評」『虻蜂取らずとも』と決めてから『路傍の石』との会話が出来る様になった。『空の雲』さえ話しかけてくれる。五首目、受け取ったままに変えて見た。『孫はまだ』と。違ったら御勘弁を。

      サンパウロ      遠藤  勇

ブラジルの政治家どもが励むのは国事にあらず自己の蓄財
恥もなく国民の富、国の金着服横領とどまるを知らず
雨不足通貨下落と諸々の憂い残して冬は去りゆく

昨年3月より始まったラヴァ・ジャット作戦を始め、ブラジルの政治家たちに対する国民の不信は募るばかり。ジウマ大統領にも辞任を求める声が上っている。(FOTO:Wilson Dia/ Agencia Brasil)

昨年3月より始まったラヴァ・ジャット作戦を始め、ブラジルの政治家たちに対する国民の不信は募るばかり。ジウマ大統領にも辞任を求める声が上っている。(FOTO:Wilson Dia/ Agencia Brasil)

街路樹の樹皮剥ぎ落し冬は過ぎ草木は芽吹く春の雨待ち
雨もなく冬と思えぬこの暑さシャツ一枚で過ぎたこの冬

  「評」着服し蓄財を生涯つづける病いは、子々孫々に遺伝し不満足症候群の油に巻かれるのだろう。それに対し四、五首目『樹皮剥ぎ落し』た爽快さゆえの、『シャツ一枚の冬』、この満足感、ああ。

      アルトパラナ     白髭 ちよ

空にイッペー幹には蘭が次々と咲きて朝毎犬との散歩
八月は花の盛りの春なれど原爆の様を想えば悲し
青空に黄金散らしイッペーは今を盛りと咲き誇りける
日に幾度イッペー仰ぎ深呼吸元気を貰い生きてて良かった
次々と咲き初むらんの支柱立て後幾度か吾にめぐるや

  「評」すべての生命が萌えいずる兆しに深く呼吸をする作者。生きている実感のこの八月は、あの忌わしい戦の結末でもあった。遠いすぎさりなれば、今生きていて良かったと花を仰ぐのだ。

      バウルー       小坂 正光

日々バールでコーヒー呑みし末弟は娘の住む北米のボストンへ行く
末弟のルイスは娘とリオへ発つ米国永住権取得の為に
此れの世にうからの絆結び来て生者必滅の転生をなす
公園の石椅子に座すわが囲り紅きイッペー花の散り敷く
薄曇る日曜日の朝、遙かなる地平線おぼろに霞みて見ゆる

  「評」人の境遇をそれぞれに考える時間を思い居る作者。四、五首に静謐さが感じとれる作品。

      グワルーリョス    長井エミ子

水鳥は澄める湖畔にかたまりてプリマベイラの花落つ夕べ
※『プリマベイラ』はポルトガル語で春のこと。
釣り人は魚籠を仕舞いて立ち去りぬ天に横たふ大根の月
紙鉢に心細げに二葉出す桃太郎かも今朝のモリンガ
たとえばさ天使のねぐらさがす人いるやも知れぬジウマのご時世
ひと夜ごと遠く逃げゆくふるさとはひと夜ひと夜に輝きを増す

  「評」どの作品にも詩情がこもって、すんなり伝わる。二首目の『大根の月』は、表現は自由そして、も少々飛躍すぎないか。五首目の月を仰いでの郷愁か、『ひと夜』の畳み掛けと『輝きを増す』が胸に迫る。

      モンテ・カルメロ   興梠 太平

今宵また遠い祖国の声を聞くインターネットのこの素晴らしさ
2005年記念に買ったこの数珠を手にして思うこの10年を
訪日の時にか逢えぬ人だけど60年も続くこの絆
片恋も初恋となり傘寿には見栄もなくなり素直になれり
傘寿すぎわが人生の第一義健康管理口数少なく

  「評」純朴な懐かしさのあふれる作品、日向の人の心根が読む者の心をなごませる。