8日にアメリカで行われた、サッカーのセレソンのアメリカとの親善試合。最も注目を集めたのは、後半出場のみで2得点を鮮やかに決めたネイマールだったが、ダメ押しの3点目をあげたのは、今回がセレソン初召集だった22歳のラフィーニャ・アルカンタラだった。
この日、後半18分にダグラス・コスタに代わって途中出場したアルカンタラは、いきなり訪れたチャンスを見逃さなかった。後方からボールを持って上がったルーカスが、ペナルティ・エリアの真ん中にパスを出すと、アルカンタラはタイミングよく前に飛び出してボールを受けた。そしてそのままドリブルするとみせかけ、ディフェンダーが前から近づくと、ボールをスムースに後に転がして相手の目線を離し、その隙にシュートを放って決めた。
その瞬間、出場選手たちが一斉に駆け寄り、アルカンタラに抱きついて彼のセレソン初ゴールを祝福した。中でも喜んだのは、所属クラブ、バルセロナの先輩、ネイマールだった。「チームでは僕の保護者のような感じなんだ」とアルカンタラはチームの兄貴分について語っている。
もともと、今回のセレソンにアルカンタラは召集されていなかった。彼はフランスで行われた五輪代表のセレソンに中心選手として召集されていたためだ。だが、ボランチで召集されていたラミレスが故障欠場となったことで急遽、本代表にお呼びがかかった。本職はボランチではなく、ミッドフィールダー、フォワードが主な彼だから、異例の抜擢だった。
アルカンタラの育ち自体はスペインだ。彼の父親は94年W杯での優勝メンバーでもあるマジーニョだ。彼が生まれた93年にマジーニョはパルメイラスの選手だったが、その後はスペインのリーグで活躍。以後、アルカンタラは兄のチアゴと共にスペインで生活し、バルセロナの下部組織でサッカーを積んだ。
その兄は同じバルセロナでプレーし、現在はドイツのバイエルン・ミュンヘンで活躍中。こちらは現在、スペイン代表選手としてプレーしている。弟のアルカンタラも13年まではスペインのユース代表だったが、本人の愛国心の問題もあり、ブラジルのセレソンを選んだ。
「今日は本当に嬉しい。僕の夢が遂にかなったんだ」とアルカンタラは試合後、興奮気味に語った。早速、父マジーニョに電話を入れた彼は「この日、一番喜んだ人のひとりだね」と家族中での祝福を強調した。
アルカンタラは現在、バルセロナの控え選手だが、試合に出場する機会は徐々に増えている。昨年後半からは16年リオ五輪でのゲームメーカー的な立場を求められており、本セレソンより、むしろそちらでの期待が高い。
「僕は五輪のセレソン選手だという意識はある。僕が今できることは、自分の仕事をちゃんと続けて、本セレソンにまた呼んでもらうことだ」と語っている。
ただ、ドゥンガ監督のアシスタントをつとめるエジミウソンは、「彼には驚かされてるよ。頭脳的なプレーをいとも簡単にやってのける。また呼ばれるのは確実だと思うよ」と語っている。
10月5日に開幕の18年W杯の南米予選のセレソンが発表されるのは17日。ドゥンガ監督が彼を選出するかどうか、確約はないが、大きなアピールになったことは間違いない。(9日付グローボエスポルテより)
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