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ニッケイ俳壇 (856)=星野瞳 選

   アリアンサ         新津 稚鴎

天の川濁るアマゾン荒るる夜は
われと世に落ちこぼれたる零餘子かな
蛇穴へ移民故国へ出稼ぎに
河涸れて牛食ふ豹が又出ると
灰神楽上げて焼野を獏走る

【稚鴎さんは来たる十月三日豊熟百才を迎えられる。おめでとうを申し上げる。
 お祝いに反して悲しい事が起こった。それは私も席を置くサンパウロの砂丘俳句会の会長であられた西谷ひろしさんが、この九月四日に急逝された。西谷さんは鳥取県人会長をされ、又ブラジル日本都道府県人会長でもあった。西谷さんは、南風と云う名で俳句もやって居られた。晩年は、イタケーラの桜の園の花守りを任じて居られた。享年九十五才だった】
※以下に遺句集を掲載

   北海道・旭川市       両瀬 辰江

片陰で遅れし友を待ちにけり
朝顔を褒めて種乞う通り客
打水し客待つ家の静けさよ
秋の夜手のおとろえしあや遊び
トラックで神輿の行くや秋まつり

【作者はずい分以前、サンパウロ市東本願寺の輪番を勤めて居られたご主人と共に北海道に帰られて後、ずっと投句して下さっている。もう米寿を迎えられたと聞く。当俳壇の一番遠い投句者であられる】

   セーラドスクリスタイス   桶口玄海児

大王椰子霧を宿して美しき
大王椰子の葉の先まで春の霧やどし
スイナンの坂を登れば一山家
アマリリス花を咲かせて一山家
ブラジルは明るい国よ春の星

   プ・プルデンテ       野村いさを

千人の遊客列車に山笑ふ
行楽のコーヒー街道春惜しむ
二十輌連ねし春の汽車の旅
稜線を走る列車に霞む谷
スイナンの赤さ目に沁む渓深し

   サンジョゼドスカンポス   大月 春水

蟻塚の殺風景な冬の旅
日本祭特産品すでになし
年齢は顔付きで知る受付娘
経を誦す妻子遺影に鐘冴える

   グァタパラ         田中 独行

囀れる籠の小鳥と語る翁
頬逃げる気配だけして春蚊かな
雨遠畑巡れば春蚊群る
春焼の明り一面雲染めて
お盆会思い出尽きぬ信濃人

   ソロカバ          前田 昌弘

佐保姫や影の形に添うが如
雨垂れの薄墨色や春の雨
イパネマの山容淡く春三日月
耕せる工塊川に落すまじ
芝草のとびとびに物芽出づ

   サンパウロ         湯田南山子

瓢然と百一才を逝きし春
過去云わず後生を恃む春の風
血脈に似た葉脈や虎杖根
十歩退いて見上げる花や泰山木
移民寺の軒を掠めて白木蓮

   ピラール・ド・スール    寺尾 貞亮

やっと来た埃とどめの春の雨
首すじに寒さ残して春浅し
啓蟄や植えし苗曳く庭の蟻
羽根広げ孔雀の威嚇春うらら

   エンブガス         島村千世子

平成も二十七年とせや移民老い
神祭や紙垂の向うに幸祈る
神祭や不ぞろいの餅ありがたく
台風銀座NHKに目がかすむ
ブラジルも団子に似合ふ月のあり

   サンパウロ         寺田 雪恵

ピカピカの音に目覚めし冬の宿
アドレナリンたかぶりブラジル人桜ほめ
春よ来い木洩れ日にリス木に登る
待ち切れぬさまに蘭のぞくむらさきに
冬の夜に鳴き声をあげやる猫主役

   マリンガ         野々瀬真理子

父の日や父を送って六十六年
父の日も祝われずに逝きし父
春愁や家族失しない淋しくて
春愁の人にうらみは云うまじく
春愁や首飾かけ指輪つけ

   リベイロンピーレス     山城みどり

父の日や我が人生の師とあがむ
父の日や短所も長所も父似の子
地図跡は子等の思ひ出古布団
夜起きて何度もかけた布団かな

   サンパウロ         佐古田町子

小雨中学生徒迎えに空港へ
春がすみ雨傘の人句友とは
淡白の味を好みて春菜摘む
春近く小雨にけぶる空暗く
宅配のピッサの届く冬の膳

   サンパウロ         武田 知子

花守の命契りて逝かれけり
影朧亡夫に似しかとふり向けど
春塵の日射す中に乱舞せり
身心も腦も涸渇し春眠し
種袋ふりて命の音を聞き

   サンパウロ         児玉 和代

小止み待ち囀り雨の粒弾く
春の土鉢に吊され息吹き初む
見上げたる孫の背薄し春寒し
夕サビア潮引く如く子等去にし
長引けば生死見つめる春の風邪

   サンパウロ         西谷 律子

サビア鳴く最後の別れとなる庭に
あたたかき心にふれし気のゆるみ
まだ夢の余韻残して朝寝覚む
春光や肩までたれるイヤリング
春眠の遠くに電話鳴り止まず

   サンパウロ         西山ひろ子

春光の庭にあふれる日差しかな
ダンディな赤きネクタイ春に果つ
春日差し頬の産毛にある若さ
咲きたれる藤に無情の雨の来て
寝返りの肩に春愁重たかり

   サンパウロ         平間 浩二

待望の独立記念日春の雨
幾く久し待ちたる木々の木の芽雨
戸惑いの寒暖きびし春隣
春愁やメモ書増えし備忘録
余暇の身を大地に確かと青き踏む

   サンパウロ         新井 知里

水道の蛇口水涸とざしたまま
水涸れて青息吐息の庭の花
夫婦して歯の治療すみ春待ちぬ
待春やメキシコ旅行すぐそこに
日向ぼこ夢はメキシコ駆けめぐる

   サンパウロ         林 とみ代

花供養に集ひしカルモもなつかしむ
旅行くや桜前線追っかけて
春窮や職安の列長々と
春の風デモのふる旗逆撫す
春泥に道阻まれて遠まわり

   サンパウロ         竹田 照子

慈雨降りて並木かすかな若芽出づ
カンナ畑芒野に似た道続く
ブラシの花朝歩の道に咲く
季候異変一枝に咲く桃白色のつつじ花
カラオケに俳句に生きる返り花

   サンパウロ         三宅 珠美

木の芽和品よき味に仕上りし
和みある名前の花や長命菊
花マンガ散りてあとには小粒の実
ウインドに花柄水玉春の服
牛どんに欠かせぬ韮の玉子とじ

   サンパウロ         原 はる江

誰も来ぬ昼をTVと春眠す
多種多彩の春爛漫の花祭
温くもれる日差しに綻ぶ庭石蔦
春愁や嫁がぬ娘の未来思ふ時

   サンパウロ         玉田千代美

物忘れ気にしつあれば春愁う
春愁や生花いとしむ齢となる
朝寒し夜寒しとて老なげく
一病を包み封じて春を待つ
慣れいても孤独は淋し春時雨

   サンパウロ         山田かおる

春愁う桜守りし西谷師逝く
うららかや旧姓呼び合う郷友会
赤と黄のハイピスカ咲き庭のどか
春愁や抱擁の老友背中細し
春うらら郷友会も五十回目

【この九月四日世を去った西谷南風遺句集より】

故・西谷博(南風)氏

故・西谷博(南風)氏

仔馬追ふ母馬の眼の人に似る
時雨るるやキリストの本売ル人に
百雷の轟く滝の夕燕
吹き荒れて谷に落ちたる野分かな
火焔樹の下に人待つ恋乙女
鍬百姓四十年や豆の花
耕や時々見ゆる鍬光る
草合歓に潮風蝶を沈めけり
尚北に行く雁ありて旅愁沸く
島一つ残して満ちぬ秋の海
春雷や沖鳴り渡る海は闇
水恋ふてアマゾン河に星奔る
アマゾンの水に生れし月涼し
咲き満ちて一つこぼさぬイペー大樹
日本の土の匂へる桜苗
成り振りも無き子育てや木葉髪
水鳥の恋に波立つ湖の面
千本の桜新樹の風青き