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アーリョ・ショウナン裏話=炉辺談話=荒木桃里=(6)

カロッサ(牛車)

カロッサ(牛車)

 だが季節外れの降霜のため、せっかく生育のよい小麦も、毎年穂孕期に被害を蒙り、入植者は断念してミーリョを植えたり、近くのパルプ工場に働きに行ったりして、土地を手離す者が増えていた。
 小楠の隣耕地も、ジャポネースで、いい買い手があれば世話をしてくれとたのまれていたのである。「俺が話をつけてやる。牛を連れてはいって見ろ、そのうちに土地を買うことにするさ」
 親身になって世話してくれる先輩の提言に異論はなかった。決断は速かった。
 早速石川とも相談し、サンタ・カタリーナへ大移動する段取りとなった。でも逃げるような形で引越しするのがいまいましかった。牛舎や建物はそのまま残し、大型のカミニョン十三頭の牛とカロッサ、それに僅かばかりの手荷物、これだけの全財産を載せた。
 このとき一キロのアーリョを手荷物の中に入れるのを忘れなかった。このアーリョは、牛がカゼをひいて喉を鳴らすとき、つぶして塩水に混ぜ牛の首をつり上げながら、竹筒で飲ませていたものである。
 これは、この土地に以前からあった雑種だった。このアーリョが、この日から七、八年後にブームをまき起こし、移住地経済の救世主になる原種であろうとは、この青年たちに分かる筈がない。
 サンタ・イザベルから、サンタ・カタリーナのパルマーレスの町までは900キロもある。中間のポルト・アレグレまでは平坦な道であるが、そこを過ぎて一時間も走れば山岳地帯に入る。その頃までは旧街道の峻険な道だった。
 山の上にあるカシアス・ド・スールの街の前後は、千仭の谷の縁を通らなければならない。夜目にはそのような風景は暗黒で見えないけれども、車は喘ぎ喘ぎ登ったかと思うと、急降下、急カーブの連続だった。カミニョンは、家畜輸送の専用車だったから、荷台は枠囲いにしてあるので、振り落とされる心配はないが、遠心力で振り回されるのか、急カーブを廻るたびに牛はモー、モーと悲鳴を上げるのを、エンジンの音が包んで谷間にこだまさせた。
 途中二、三回車を止め、車上にて水を飲ませながら昼夜走り続けて翌朝パルマーレスに着いた。雨が降っていた。もう三日も降り続いていると町外れの人が言う。
 ここまでは舗装道路であったが、これから小麦植民地までは泥道である。カミニョンの運転手は「ここまでにしてくれ」という。田舎道に乗り入れれば地盤がゆるんでいるので、車が立ち往生するのは目に見えている。仕方がない。牛を歩かせよう。
 若い者の行動は迅速だった。
 だが、ここに大きな誤算が待ち構えていた。牛に一日の休養をとらせて、それから牛の歩みに任せるぐらいの暢気さが必要だった。家財道具を載せたカロッサを種牛の太郎に曳かせ、鞭で追いながら山道を急がせた。