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アーリョ・ショウナン裏話=炉辺談話=荒木桃里=(9)

ラーモス移住地の娘さんたち

ラーモス移住地の娘さんたち

 林田は何か猪瀬に耳打ちをしていた。猪瀬の目が眼鏡ごしにきらり光った。職業柄、この連中は鹿を追う漁師に似ている。「見せてくれ」というのである。宴の乱れた会場を抜け出した一行は、小楠の農場に向った。
 納屋の一隅には、売れ残った二百キロのアーリョが茎をしばって吊るしてあった。技師はその中の一束をとって首を落とし、尻ひげを切り、薄皮を剥いだ。
 「う・・・・・む」猪瀬は唸った。
 係長たちと顔を見合わせた。無言ではあるがどの目も「見事だ」という感嘆の眼差しであった。技師はポケットから拡大鏡を取り出し入念に調べていた。彼らはひそひそと何かを相談していたが、やがて結論を出した。
 「小楠君・・・・・これはいける。新品種だ、絶対この種子が他所へ散らばらないようにしてくれ、此処だけで殖やしてくれ、そのための肥料、農薬代などの融資の便宜も計ってあげよう。そして一回の出荷量がカミニョン一台に達したとき、K産組に出してくれ、そのほうが運賃も安上がりのはずだ・・・・・それまでは技師を派遣してできるだけ力になってやろう」猪瀬はおもむろに宣言した。
 それから三年間、小楠はタマネギ仲間の神武と黙々と種子を殖やし、今年第一回のアーリョが中央市場に届いたのである。
 これでやっとアーリョ・ショウナンの由来を納得した鹿さんは、「じゃ何かい、お前さん、表彰状とまではいかなかったのかい」
 「もらえるわけないだろう。俺はたった一キロを新聞紙に包んで持ってきただけさ・・・・・それにしても小楠は根気よくやったもんだ、偉い奴だよ。さすが俺の先輩だけはある。あいつのお蔭で、俺も大盾も嫁さんをもらえたもんな・・・・・去年だってお前も大盾もアーリョを植えろ、といって百キロずつこの高価な種子を回してくれたんだよ。俺、小楠のほうには足を向けて寝られんよ」
 大貫の舌の先が、だいぶんあやしくなってきたようだ。鹿さんは、自分たちもこれから同じ船に乗るアーリョブームの酔いと、述懐談の余韻をかみしめながら、大貫がほおを上気させて満足そうにしゃべる横顔を見ては、いよいよ目を細めるのだった。