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ピゾラット=遂に強制送還が実現=約2年に渡る伊国逃亡の末=ブラジル連邦政府の執念実る=帰国後すぐにパプーダ監獄へ

 メンサロン事件で有罪判決を受け、刑執行直前にイタリアに逃亡していたエンリケ・ピゾラット氏が22日、2年に渡る逃走の末、イタリアからブラジルに強制送還させられた。23日付伯字紙が報じている。

 ピゾラット氏はメンサロン事件当時のブラジル銀行マーケティング部担当理事で、32・6万レアルの収賄、マネー・ロンダリング、7300万レアルの公金横領の容疑で、12年7カ月の禁錮刑と130万レアルの罰金刑の実刑判決を2012年に受けていた。
 だが、イタリアとの二重国籍者であることを悪用し、2013年11月からの刑執行の2カ月前(同年9月)、1978年に他界した弟になりすますと、パラグアイを経由し、アルゼンチンから空路で逃亡して、イタリアに入国した。
 ピゾラット氏は14年2月、イタリア北部のマラネロに住む甥の家に潜伏しているところを身分偽証で逮捕された。ブラジル政府は同氏の強制送還を希望したが、イタリアとかつて結んだ協定と、同氏のイタリア国籍がネックとなり、身柄引き渡しは困難と見られていた。
 ピゾラット氏自身も14年10月、弁護士と組んで、マラニョン州ペドリーニャス刑務所で13年10月に起きた受刑囚同士の抗争で、複数の受刑囚が斬首された映像を提示し、ブラジルの刑務所の人権問題を主張。これにより、イタリアの裁判所がブラジル側の身柄引き渡し要求を却下した。
 だが、ブラジル政府はピゾラット氏の強制送還にこだわり、歴史上はじめて国外の弁護団を雇うなどの策に出た。裁判は二転三転したが、イタリアのアンドレア・オルランド法相が理解を示したことで話は強制送還に傾き、15年4月、法務省が強制送還を通達した。
 その後も、イタリア上院人権委員長のルイジ・マンコーニ氏が率いる団体がピゾラット氏の強制送還は人権侵害だと主張し、裁判所での上告も行われたが、9月に処分が確定した。今回の送還も本当は10月7日に行われる予定だったが、オルランド法相の政党のイタリア民主党の一部で反対運動があり、22日まで延ばされていた。
 結局、ピゾラット氏は22日にミラノ発サンパウロ行の飛行機の最後尾に、3人の連邦検察官と1人の看護婦に付き添割れて搭乗し、帰国した。同機の出発は機械の故障で約2時間遅れ、サンパウロ到着は23日の午前6時過ぎとなった。
 ピゾラット氏はサンパウロ到着後、連邦警察の飛行機に乗り換えてブラジリアに移送され、法医学研究所で健康状態などをチェックした後、メンサロンの受刑者たちが収監されているパプーダ刑務所に連行された。
 連邦検察庁はピゾラット氏に対し、イタリアからの移送費や書類の翻訳料その他の費用として17万レアルの支払いを請求すると共に、イタリアで差し押さえられた同氏の資産11万3千ユーロの送金を求める意向だ。

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