ブラジル秋田県人会(川合昭会長)は25日、創立55周年の節目を祝うため、サンパウロ市内の三重県人会館で記念式典を行った。県人を中心に約200人が参集し、母県からは佐竹敬久知事、渋谷正敏県議会議長ら27人の慶祝団が駆けつけた。半世紀を越え紡がれた県人同士の絆の強さを再確認するとともに、先人の苦労へ感謝を捧げ、県人会のさらなる発展を誓った。
午前10時、定刻どおり始まった式典には、長年にわたり県人会を支えてきた関係者200人が居並んだ。挨拶に立った川合会長は「仲良く楽しくが県人会のモットー。さらに前進しよう」と呼びかけ、佐竹知事は「我々がブラジルにあるもう一つの秋田を大切に思い、皆さんがふるさと秋田を大切に思う。互いを理解し、尊重し合うことが重要」と語りかけた。客席から大きな拍手があがり、会場は祝福の空気に包まれた。
中前隆博在聖総領事、菊地義治援協会長、林まどか文協副会長、本橋幹久県連会長、羽藤ジョージ州議らが出席。祝辞には秋田県人会の活発な活動や母県との強い繋がりを賞賛する言葉が並んだ。
秋田県と県人会が互いに記念品を贈呈した後、佐竹県知事から日系3団体へ寄付金が送られた。
その後県費研修生代表として、13年に留学した佐藤エステラさん(45、三世)らが感謝の言葉を述べた。
鏡割りでは日本酒「高清水」の製造元として知られる秋田酒類製造株式会社の平川順一社長が乾杯の音頭を取り、出席者には「高清水」が振舞われた。
その後の祝賀会にはサンバカーニバル隊が現れ、参列者は満面の笑顔で踊りに参加した。続いて佐竹知事ら慶祝団がドンパン節を披露し、会場は大きく盛り上がった。記念撮影の後に「ふるさと」を皆で合唱、和やかな余韻を残しながら式典は幕を閉じた。
式典に出席した元秋田県人会会長の石川準二さん(80、能代市)は、自身が日本へ赴き、知事へ招待状を手渡した45周年式典の様子を思い出しながら「貧乏な県なのに大きな支援をしてくれる。秋田県人の遺伝子には暖かい心が入っている」としみじみと語った。
33年にありぞな丸で渡伯した竹内晋吉さん(87、由利本荘市)は、「これからの県人会には、若い人が集まる雰囲気を作ってもらいたいね」と期待を見せた。
式典前日には訪問団一行は、文協ビルの移民史料館を見学。鎌田潔秋田副市長らが山下リジア同史料館運営副委員長に、石川達三の芥川賞受賞作「蒼氓」の複製原稿などを寄贈。続いてイビラプエラ公園の開拓先没者慰霊碑に参拝した。
次世代へ絆伝える責務=秋田県知事 佐竹敬久
秋田県人会の創立55周年記念式典が盛大に開催されますことを、県人を代表して心からお祝い申し上げます。
ブラジルの社会状況も大きく変わり、県人会の皆様も代替わりするなど、環境は大きく変わってきております。こうした中にあっても、秋田とブラジルとの絆を次の世代に伝えていくことは、今を生きる我々の責務であります。
今年は日伯外交樹立120周年、これを機会に二国間の交流がこれまで以上に進むことが期待されます。
県人会の皆様が益々御健勝で、ブラジルの発展に貢献され、ふるさと秋田との架け橋となって頂き、両国の友好関係が今後さらに発展することを祈念いたしまして、お祝いの挨拶といたします。
県人会に深い敬意と感謝を=渋谷県議長 渋谷正敏
ブラジル秋田県人会創立55周年記念式典が、盛大に開催されたことに対しまして、秋田県議会を代表し、心よりお祝いを申し上げます。
県人会におかれましては、創立以降、ふるさとを遠く離れたこの地で生活する県人の心の拠り所として、また、母県秋田との架け橋として、多大なる御貢献をされてこられました。
この陰には、川合会長をはじめ、歴代の会長、そして会員の皆様の並々ならぬ御努力があったものと存じます。深く敬意と感謝の意を表する次第であります。
どうか、皆様におかれましては、秋田をはじめとした日本の良き伝統と文化を、若い世代にしっかりと引き継いで頂きますとともに、国際交流の更なる進展に向け、なお一層のお力添えを賜りますよう、お願いを申し上げます。
「仲良く、楽しく」さらに前へ=秋田県人会会長 川合昭
55周年記念式典の開催に当たり、御礼申し上げます。そして式典に合わせて、私達のお城とも言うべき秋田会館が立派に完成したことを御報告申し上げます。秋田県と市町村会に対して、心の底より県人会員一同を代表して厚く厚く御礼申し上げます。
又、会館改修にたずさわったホス建設様には、いろいろ無理な注文を致しましたが、僅か130日の突貫工事で完成させていただき、ありがとうございました。
これを機に「ブラジル秋田県人会ここにあり」と胸を張っていけるように、「仲良く、楽しく」の県人会のモットーのもと、更に前に向って、力強く前進しようではありませんか!
創立に尽くした先輩方の努力を無にせず、会館を立派に運営し、会員仲良くして、将来を担う人材の育成と母県秋田との交流を軸に、力強く、前へ前へと進んでいく所存です。
会館落成式=知事「会館は秋田県の象徴」=2200万円支援に異議なし!
創立55周年式典の前日24日には、県、市町村からあわせて2千2百万円もの支援を受けて着工した会館改修工事の完工記念落成式が行なわれた。県主催の夕食会も催され、関係者ら約90人が祝った。
多額の支援を決めたことを佐竹敬久知事は「県人会館は秋田県の象徴。ちゃんとしたものを作ってほしかったから支援は当然」と話し、鎌田潔秋田市副市長も「市町村も当然同じ思い」と述べた。「議会も全く異論無しだった」(佐竹知事)という。
会館は今年で建設27年目を迎え、建物への落書きや内壁の劣化が問題となっていた。県人会は会館改修費用として、400万円の要望金額を県に打診した結果、県が1700万円、市町村が500万円を支援した。
創立55年式典には、元県費留学生の姿が多くみられた。秋田教育大学に9カ月間留学した斎藤留美子テレザさん(58、三世)は「留学して人生がすごく変わった」と母県への感謝を語った。
斎藤さんは、秋田県生まれの父を持ち、幼い頃から日本語学校に通った。サンパウロ州立大学で体育学を学び、卒業後は水泳教師となった。「父が生まれ育った場所を知りたい」という思いから、82年に県費留学事業に参加。秋田教育大学体育科に学んだ。
「海で行われた試験では、1時間以上遠泳した。みんなで声を掛け合いながらがんばった」と当時の思い出を感慨深げに話す。最初はぎこちなかった親戚との仲も親密になり、新しく出来た友達の母親からは、娘同然に可愛がられた。
帰国してからは日本で学んだ知識を活かし、スポーツ選手のトレーナーになった。現在は、高齢者向けに怪我、老化予防のトレーニングを指導し活躍している。
県費留学事業は既に終了してしまったが、技術研修事業は現在も存続し、子弟一人が、数カ月間、日本語習得を中心に留学している。「あの時期に助け合える友達がたくさん出来て、日本語も大幅に上達した。秋田には大変感謝している。ぜひ存続させてほしい」と研修制度の存続を強く願った。