サンパウロ 近藤 玖仁子
夏衣身も心まで解き放つ
【この頃のお天気はどうであろう。ある朝は早春の様に肌寒いかと思うとひと雨の後は、むしむしとまるで真夏の午後のように暑苦しい。
この句のように、夏服に着替えると身も心も軽く本当に晴れ晴れと心地良い。「夏衣」という初夏の清々しい季語のよく落ち着いた佳句であった】
老友の漬物談義きゅうりもみ
【「漬物談義」とは、ぜひ聞きたかったお話。漬物の色々な話は、まさしく年上の先輩に聞くのが良く知らない漬物談義が聞かれる何よりの話。それにし ても「きゅうりもみ」とは、他の何にも代えがたい季語である。他の三句ともどもこの作者ならではの巻頭俳句であった】
一日のドラマの終り髪洗ふ
カーテンコール湧き終えて見る星涼し
幸せはいつも束の間熱帯魚
ポンペイア 須賀吐句志
風鈴に吊して偲ぶ友の遺句
【ポンペイアに細梅鶴孫と言われる立派な俳人が居られた。『知らぬ人声かけて行く良夜かな』という好きな句があったが、かずまが亡くなって三回忌に遠路来て下さったのが最後であった。
鶴孫さんは作者には忘れられない俳句の友達で、思い出の俳句が何時も風に吹かれて鳴る風鈴の美しい音色と共に、懐かしく思い出すのであろう】
うららかや会ふ人毎に立ち話
待望の雨に万緑蘇り
草餅やお国訛りで打ちとけて
バルゼングランデ 馬場園かね
峠バス三往復に夏時間
【夏時間は私の様な夜遅い者には、慣れるまで一寸辛い。暫くは慣れないで大変である。
作者は少し郊外に住んでいて、一日に三往復しかないバスの便を、一回でも乗り遅れると大変であろう。内容を五七五に良くまとめた一句で、下五の季語「夏時間」できりっと締めた佳句であった】
桑の実や人の近道消え失せて
路地裏の何処を目ざす花南瓜
踏切りへ鋭き汽笛明易し
ソロカバ 前田 昌弘
師の一人かけて修せし念腹忌
【毎年夏時間の始まる頃「念腹忌」がある。私も招待状を頂いて出席させて頂くが、今年は丁度、初曾孫の一歳の誕生日と重なり残念であった。念腹忌に普段会えない誌友にも会える事を楽しみにしていた。
私の欠席を一句に呼んでいただき嬉しかった。
『念腹忌曾孫のフェスタ重なりて』 富重久子】
春風邪を押して来し人潔子の忌
春昼や紅引く人のバス停に
雪洞の淡き光や春燈
サンパウロ 松井 明子
フリージア好みの色を尋ねられ
【フリージアは早春に咲き出すが、菖蒲に似た細い葉から茎がのび数個の蕾を付ける。普通は純白であるが、薄紫、黄色、それに桃色とあって、良い香りの花である。
この句は花屋で色々ある花の色に迷っているところであろう。私なら純白、いや薄紫もとても美しく上品で、やっぱり迷ってしまうかしらと、そんな想いに駆られるやさしい佳句であった】
同船の友の訃報や夏近し
春塵に汚れし顔の面白く
大漁旗たてて港に鰹船
サンパウロ 大原 サチ
春塵を巻き上げ田舎バス巡る
【今年の様に春は寒いにつけ暖かいにつけ、よく風がふき天気が良いと埃を舞い上げる。特に舗装してない田舎道はすごく、移民した頃のパラナの奥地では赤土が舞ってひどいものであった。
この句の様に、今でもまだそんな田舎を巡るバスが運転しているのであろうか。懐かしい様な思いもするが、一雨でも来ればその春塵が春泥と変わりこれもまた大変である。しかし何となく懐かしい一句】
予約する海辺のホテル夏近し
旅なれば気ままに過す朝寝かな
読みさしの本にかすかな春埃
サンパウロ 串間いつえ
逝く春や楽譜一枚セピア色
【最近コーラスで一緒に歌っていたが、先生の御都合で解散し寂しくなった。長い間コーラスを楽しんでいて歌わなくなると、結構寂しいもので勝手に一人で歌っている。
作者もきっとそうであろう。思い出して長年に歌った楽譜を出してめくっていると、その中に一枚すでにセピア色に変色した、懐かしい歌の楽譜があっての此の一句であろう。心に沁む佳句であった】
蕨採る子犬貰ひに行くところ
ジャカランダ紫色の香りとも
夏近し塗り替ふ塀の白きかな
サンパウロ 橋 鏡子
春の昼ロック流して歯医者さん
【歯医者さんに行ったとき、丁度昼の休みであったのか、診察室の中からアメリカのポピュラ―音楽が流れていて、歯医者の先生もまだお若いんだなーと思ったのであろう。珍しい楽しいテーマの佳句であった】
念腹忌紡ぐ一句に手古摺りて
豪邸の番屋に散りて金鳳花
プリマヴェーラ楽しく集ふお見合会
アチバイア 吉田 繁
鳥好きは家の中まで小鳥の日
【「鳥好き」と言えば思い出すが、移民して最初に住んだ隣人にこの小鳥好きがいて驚いたことであった。小鳥籠は確か十以上あったであろうか。その夫婦は初老で日がな一日鳥籠に付きっ切りであったが、その鳴き声で一日中私どもをなやましたものであった。この句も「小鳥の日」に因んだ春の佳句】
大の字に目覚めた朝よ夏近し
混血の孫も伸びのび子供の日
この孫の成人見たや子供の日
※ブラジルのこどもの日は10月12日。
アチバイア 池田 洋子
凧の糸からみからみて手に負へず
【先日、曾孫の誕生会でシッチオの広い庭で二、三人が凧揚げをしていた。少し風の強い夕方で高く上がった凧同士が絡まりそうで、見ている者をハラハラさせたが、森の上空を巧みにかわしながら楽しませてくれた。
作者は新人であるが、なかなか写生俳句として立派な俳句であった】
職解かれ良きこともありピクニック
花卉まつりお一人様も又楽し
春窮も三日三晩の願かけて
サンパウロ 篠崎 路子
ポ語学ぶ生徒も老いぬ教師の日
湾の底知り尽くしたる海胆を突く
朝寝してふつふつたぎる力あり
掲載の朗報届く春の昼
サンパウロ 秋末 麗子
大袈裟な馬の身震ひ虻刺して
桜貝やさしき色を散りばめて
春窮やユーロ目指せる難民か
節電に春燈寂れうらがなし
サンパウロ 澁江 安子
夏近し細目に開けてガラス窓
日曜日朝寝と決めてテレビ見て
蝸牛のやうにはなりたくはなし
フリージアを好みし友よ今何処
サンパウロ 上田ゆづり
ほうれん草買ひ物籠をひとり占め
丹精の砂漠のバラの咲きにけり
フリージア香の漂ひて化粧室
木の枝に胡蝶蘭咲く古家かな
サンパウロ 東 抱水
凧揚げる牛が見ている墾の牧
鳴禽の高音聞いてる小鳥の日
子供の日少子家庭は母任せ
野遊びの子等はどこでもボール蹴る
アチバイア 宮原 育子
少子化に歯止めかからぬ子供の日
教材にこもる思ひ出教師の日
入賞のカナリア高鳴く小鳥の日
街中にサビア来て鳴く句宿かな
アチバイア 沢近 愛子
ブラジルに黄の花多したんぽぽも
子供の日幼児の写真娘等と見る
花卉祭草餅もあり母偲ぶ
春日和鸚鵡のロロと留守を守る
アチバイア 菊池芙佐枝
いつの日に春が来るのか難民に
教師の日花と笑顔の我が娘
春風よ戦火の子等に幸せを
春風や食べては食べる呆けはじめ
カンポス・ド・ジョルドン 鈴木 静林
花イッペ鞄ふりふりさようなら
花マンガ多い年には旱年
蛇苺花もまじりて野路楽し
角笛に駆ける牛群春の牧
ピエダーデ 国井きぬえ
鳥立ちて若葉揺れてる森の朝
春愁や認知症とや友見舞ふ
夕日落ち残月しばし眺めをり
夏時間手足伸び伸び夢枕
ペレイラバレット 保田 渡南
山焼きて太古の森の消えにけり
倒れ木の累々と山焼かれたる
煙曇り落日赤く大きかり
転耕車豚がひもじと啼きつづけ