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『K.消えた娘を追って』を手に小高さん(花伝社で)
『K.消えた娘を追って』を手に小高さん(花伝社で)

花伝社『K.消えた娘を追って』=軍政の闇に立ち向かう父の物語=「二度と許されない過ち」

 10月に東京で出版された『K.消えた娘を追って』(ベルナルド・クシンスキー著、小高利根子訳、花伝社)には、軍政時代に娘を拉致された父親が必死に行方を追う中で出会った、不条理の数々が克明に記されている。軍政に不都合な人物は〃闇〃に葬り去られ、二度と現れることがなかった―そこには「人間を呑み込む深淵がある」―と著者は書く。
 《この本の中の出来事はすべてフィクションですが、ほとんどすべてのことが実際に起こったできごとです》と著者が述べている通り、主人公Kは著者の父親であり、1974年4月に〃失踪〃したのは妹アナ・ローザ・クシンスキー(当時USP助教授)だ。
 ブラジルに移住した高名なユダヤ系ポーランド人作家であるKは、ユダヤ文学の中でも特別な「イディッシュ文学」に熱中するあまり、娘が非合法な反政府闘争に巻き込まれていることに気付かなかった。失踪後、その過ちを償うように孤立無援の中、捜索に乗り出す。その過程で、拷問や暗殺の実態が明らかにされていく。
 軍は「拘束された事実はない」を繰り返すのみ。真相に近づくたびに現れる組織的な偽情報。実は娘が同士と結婚していたことも後から知る中、父として自責の念が高まる。
 Kの姉二人はポーランドでナチスに殺され、妻の家族全員がホロコーストの犠牲者。自分が生き残ってしまったことへの良心の呵責に加え、娘の失踪は、文学にのめり込みすぎたことへの懲罰かと考え込む。
 娘の悲劇をイディッシュ語で文学作品にしようと試み、表現できずに苦しんだ挙句、「これほど酷い事柄について美しく書こうなんて思いあがったなんて!」と愕然とし、その言語さえ捨てる決断をする。第2次大戦とユダヤ人迫害の悲劇を縦軸に、南米移住後の軍事政権という横軸が絡み合い、重厚な物語を組み上げる。
 90年代、ようやくアナとその夫は「軍に拘束され、拷問の末に殺された」との証言が出てくるようになった。
 訳者の小高さんは、まさに1974年2月からUSPで大学生活を送っており、この事件に深い共感を寄せている。解説の中でアナが属したALN(国家解放運動)には、日毎社長中林敏彦の長男純もいたことや、アナは親友だった日系人カズヨから「アナはすぐに日本食が好きになりました。エビの天ぷらが一番好きだった」などの証言も掘り起こしている。ブラジル文化省の翻訳助成を日本で初めて使った出版としても珍しい。
 「テロとの戦い」の名のもとに、先進諸国が情報管制やマスコミ統制を強める中、「軍政時代の過ちを二度と犯してはいけない」との現代的なメッセージを発信している一冊だ。