ホーム | コラム | 特別寄稿 | 新しい風が吹く南米の政界=中道右派マクリ当選の亜国=政治的激震の波紋広がる=パラグァイ 坂本邦雄

新しい風が吹く南米の政界=中道右派マクリ当選の亜国=政治的激震の波紋広がる=パラグァイ 坂本邦雄

当選を決めたマウリシオ・マクリ候補(Foto: Site Oficial Mauriciomacri.com.ar)

当選を決めたマウリシオ・マクリ候補(Foto: Site Oficial Mauriciomacri.com.ar)

 ラ米3位の経済大国アルゼンチンを、この12年間統治して来た中道左派ペロン・正義党のキルチネル政権が、去る11月22日(日)の決選投票で、クリスティーナ大統領推薦のダニエル・シオリ候補を、中道右派のマウリシオ・マクリ候補(56)が51・40%対48・60%という僅か3%の差で破って次期大統領に当選し、クリスティーナが後継者として望みを託した〃デルフィン(寵児)〃はあえなく敗北、アルゼンチンの政治土壌に激震の波紋が広がった。
 かくして、クリスティーナ長年の左派行政の失政に失望した多数のアルゼンチンの国民は、これで決然と反米ボリバル革命路線との決別の道を選んだのである。
 しかして、このマクリ氏が所属する「共和提案派」を中心とする連立野党勢力「変革・カンビエモス」の予想外の、しかし一方では大いに期待された快挙は全世界に火花のように走り、早々はやばやと各国首脳の祝意が相次いだ。
 「アルゼンチンの素晴らしい新時代の幕開け」と勝利を宣言したマクリ氏は、土木技師の成功実業家で、ブエノスアイレス市長も務め、亜国の人気サッカーチーム「ボカ・ジュニオール」の会長時代には、パラグァイのカルテス大統領の「リベルター・チーム」から優秀選手の移籍をうけた等の旧知の親交があり、お互い実業界の出身で、意気投合する中道右派同士の間柄である。

巴国カルテス大統領とは旧知の中

自分の後継候補を当選させたかったクリスティーナ大統領だが・・・(Foto: Presidencia da Argentina)

自分の後継候補を当選させたかったクリスティーナ大統領だが・・・(Foto: Presidencia da Argentina)

 大統領当選直後の記者会見でマクリ氏は、反対派の迫害など民主条項違反のかどでベネズエラのメルコスール正会員国資格の一時停止を、来る12月21日に輪番議長国パラグァイの首都アスンシォン市で開催予定のメルコスール首脳会議において提議する考えを、いち早く公言したニュースは国際社会に大きなショックを与え、また多くの共感も得た。
 メルコスール会員権の一時停止の仕打ちを、(2012年6月)いわば当のベネズエラの加盟問題に関連して喫した恨みの、苦い経験があるパラグァイにして見れば、このマクリ発言は奇なる巡り合せで喝采である。
 この件では、少なからぬ後ろめたさがあるブラジルのジウマ大統領は、早速国際電話でマクリ氏の勝利を祝福し、12月10日の大統領就任前に一度至急面談したいと、同氏のブラジリア来訪を求めた。
 同じくクリスティーナ大統領も、ベネズエラの12月6日の一院制国会議員の選挙・改選の結果を見て、同国のメルコスール会員制裁の処置は考慮すべきだと忠言した。
 この何れの〃女帝、女王〃も南米南部のこの度の、不測の政界新風の息吹に手許が狂い、ひいては特にベネズエラの近中期的な内外政況に及ぼす影響は予断を許さない。
 マクリ氏は現在、アルゼンチン、ブラジル、ウルグァイ、パラグァイとベネズエラ、それにボリビアの各国を関税同盟の正会員メンバーとするメルコスールは、EU・欧州共同体との通商協定の具体化交渉に欠かせない大切な存在だとする他に、かつてのクリスティーナ体制下のアルゼンチンとは異なり、太平洋同盟との関係緊密化を重視している。
 かように右寄りなマクリ次期政権に大体の国際世論は期待するが、その前途は必ずしも楽観はできない。

楽観できない国会運営

 と言うのは、落選したシオリ氏とは言えども、そのシンパ、「FpV・勝利のための正義前線」が国会上下両院で多数派を占めるところ、国政遂行上において、いかにかかる反対派が優勢な国会を〃上手く操縦〃できるかが、マクリ次期政権成否の要諦をなすからである。
 自由市場の擁護者マクリ次期大統領の先ず初の挑戦は、クリスティーナ政権が遺した破綻も甚だしい国家財政の抜本的な立て直しにある。
 この対策の鍵となる経済閣僚の任命をマクリ氏は徐々に明らかにしている。
 その人事は主に、例えば民間出身者のアルフォンソ・プラット・ゲイ元J・P・モーガン銀行役員の大蔵大臣への登用や下院議員で、ボストン・MIT(マサチューセッツ)大学出のシウダ銀行元総裁で、今は国営化されたが、かつて未だスペインのRepsol資本が参加していた頃のYPF・石油公団の主席役員の経験者、フェデリコ・シュトウルッツエネッカー氏がアルゼンチン中央銀行総裁に起用される等の説が有力視されている。
 ただし、シュトウルッツエネッカー氏の中銀総裁任命の障害は、クリスティーナ大統領が特命したアレハンドロ・ヴァノリ現総裁が、2019年までその遂行に在任しなければならない点にあり、同総裁の解任にはクリスティーナ派多数勢力が君臨する上院議会の承認を得るのが一苦労である。
 この年初までは英蘭系石油メジャー、アルゼンチン・シェールの総裁だったフアン・ホセ・アラングレン氏が鉱山エネルギー相の候補に挙がっている。

ムヒカ前ウルグァイ大統領も祝福

 財務相には、ウォールストリートの一流のキャリャ経験者でニューヨーク及びブエノスの各ドイツ銀行支店の元重役だったルイス・カプト氏の名が噂されている。
 これ等の他に新政府の重要な外務大臣のポストには、?基文(パン・ギムン)国連事務総長のアルゼンチン人官房長スサナ・マルコーラ女史の任命が確実視されている。
 同女史は、ニューヨークでの所謂「ハゲタカファンド・国際投機資本」との16億ドルの訴訟攻防問題で激しい外交戦を展開した現エクトル・ティメルマン外相に交代する。
 パン・ギムン国連事務総長は、マルコーラ官房長の新外相指名の話を聞いて、満腔の祝意を表し、国連史上最も波乱の多かった中の一時代に同女史の抜群の能力、リーダーシップ、人柄などがいかに国際的尊敬の的になったか、その業績に賛辞を惜しまなかった。
 なお、長年の公共財政機関勤務の経歴があり、国家の高遠な政治プロフィールを求め、それを理想とするエコノミストのロヘリオ・フリジェリオ氏が内務大臣に決まった。
 次いで、マウリシオ・マクリ氏の次期大統領当選に早速欣快の意を表し、祝福したのがウルグァイの「ドン・ぺぺ」ことホセ・ムヒカ前大統領で、「次期新政府の就任によってアルゼンチンのより幸運な未来が開かれる事を真摯に望むものである」とのコメントを出した。
 アルゼンチンの問題は良くも悪くも決してアルゼンチンのみに止まらず必然隣接諸国にも直接影響するのは、過去において痛いほど経験済みである。
 ドン・ペペは、「今回野に下ったペロニズムの害毒が新政府の安定性やガバナンスに強く影響しない様に切に祈りたい」と、反対派ぺロニスタがマクリ行政に不条理な足枷ばかり掛けない様に願った。