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言論界にもっと活気を=サンパウロ 梅崎嘉明

 昨今は戦前移民はともかく、戦後移民の移住者もかなり老齢化して、2つの邦字新聞の購読者も年々減少しているようだ。淋しいことである。
 だが、その反面、ある年齢に達した方々が、自叙伝とか歌集、句集といったものを時々出版されているようだ。書店に置いても売れる可能性も少ないので限定出版として友人間に配布されているようだが、受け取った方がまた老齢者で、感想文とか批評がほとんど出なくなったので、世間に知られず消えてしまうことが多い。
 昔は文学のカカレッコ(犀で文学に猛進するの意)と言われた武本由夫などは、(1960~70年代)誰かが何かを出版すると必ず書評を書いていた。たとえ下手な作品でも、その長所を取り上げて励ましたもので、作者はそれに啓発されて文学界を盛り上げたものだ。
 最近はそうした奇特な評論家がいなくなった。時に感想文が出ることがあるが、「作者から頼まれて書きました」などと熱意のない返事が返ってくる。かく言う私も、最近2、3の書物を頂いているが、家内の病死などもあって、すっかりお礼の感想を怠っている。
 その1、楽書倶楽部30号。この書物は2ヵ月に1回発行されていて、今年で5年になる。最初はわずかな投稿者であったが、この度は42人のエッセイが集まっていて、内容も充実している。

楽書倶楽部30号

楽書倶楽部30号

 発行者は前園博子氏で、しかも会費なしの個人雑誌の形で投稿者に無料配布しておられる。現代の世の中で、こういう方がおられるということは奇跡に近い。しかも見識ばらないので、投稿者は姉妹のように親しみを持って集まっている。

 その2、谷口範之著、雑草のごとく(2)。第二次世界大戦に招集され、転々と戦闘に参加され、ついに捕虜となりシベリアの収容所で生死の境をさまよった話、復員後、アマゾンのガマ植民地に家族と共に移住され、ここでも苦い体験に明け暮れた日々が細かく描かれていて涙をさそわれる。

著書『雑草のごとく(2)』を持つ谷口範之さん。(2015年9月24日付ニッケイ新聞)

著書『雑草のごとく(2)』を持つ谷口範之さん。(2015年9月24日付ニッケイ新聞)

実体験であるので、彼が心酔している作家・藤沢周平の作品より私には重みを感じた。

 その3、藤田朝壽著、赭き大地。

来社された藤田朝壽さん(2015年12月1日ニッケイ新聞)

来社された藤田朝壽さん(2015年12月1日ニッケイ新聞)

彼は戦前移民で、若い頃から短歌に親しみ、何十年ぶりに発行された第一歌集、彼半生の集大成である。昭和年代に全盛をきわめた歌誌『アララギ』の影響のもとに勉学され、実直、平易な作品群で誰にも親しみやすく、1つの素材を何首にも連作したものが多く、小説を読むように内容がよく伝わってくる。
 以上のような作品群だが、日系コロニアに生きる人々の歴史が脈々と伝わってくる。いずれも限定版のようで、希望者は作者にお願いするといい。