バレーボール元全日本代表の福澤達哉選手(29)が29日、ブラジル1部のマリンガに移籍したと所属チームのパナソニックが発表した。昨季12チーム中6位だったマリンガと、7月から来年4月までの契約を結んだという。ブラジルに移籍する日本選手はごく珍しい。ロンドン五輪では出場権を獲得できなかった全日本男子。福澤選手が当地で得るであろう実 ...
続きを読む »2015の記事一覧
『百年の水流』開発前線編 第一部=北パラナの白い雲=外山脩=(1)=多く方々からの助力に感謝
前書き まったく歳月の過ぎ去るのは早いもので、2006年の暮れ、拙著『百年の水流』を出版して以来、すでに10年近くになる。この本は、その数年前にサンパウロ新聞に連載した記事を推敲、新材料を多数盛り込んで作成した。この国の日系社会の一世紀の歴史の「流れ」を捉えることが、主たる目的であった。ポルトガル語版や改訂版を出すこともで ...
続きを読む »ドウラードス日本語モデル校=創立25周年を顧みて=校長 城田 志津子=(1)
はじめに 今年、南マットグロッソ州日伯文化連合会創立50周年、本校創立25周年を無事迎えることが出来ましたこと、この上もない歓びであります。 南マットグロッソ州日伯文化連合会並びにドウラードス日本語モデル校は、私に夢と希望と、多く方々との出会いを与えてくださった学び舎でありました。 また、ドウラードスは1956年、北海道から家 ...
続きを読む »フェスタ・ジュニーナ
「6月祭(フェスタ・ジュニーナ)を知らずに2度目の6月(ジューニョ)が過ぎていく」とぼやいたら、友人が招待してくれた。 彼の姪っ子姉妹が通う学校の生徒が学年ごとに披露するお遊戯会といった様相で、「私の作った衣装が一番」と祖母が胸を張り、我が子を写真やビデオに収めようと場所取り合戦に熱が入る様子は日本と変わらない。 年端も行かな ...
続きを読む »笠戸丸で来た沖縄県人移民を知るならこの一冊
足跡をたどるのが最も困難な笠戸丸移民について、これほど足を使って調べ上げた本があっただろうか――。本紙が編集して沖縄タイムスから昨年末に出版された『未来に継ぐ裔孫』(赤嶺園子著、80レアル)は、笠戸丸で渡った沖縄県人移民325人の生涯を丹念に記した貴重な記録集だ。サンパウロ州はもとより、リオ州、南麻州、遠くは亜国や沖縄県まで家 ...
続きを読む »ガウショ物語=(38)=勝利の天使=《2》=彼の名はベント・ゴンサルヴェス
わしは仔牛のあばら肋骨に食いついたダニよろしく代父にぴったりくっ付いていた。代父が行くところについて行き、通りすぎればわしも通りすぎ、攻撃すれば攻撃し、退却すればわしもそうした。 そんな騒ぎの最中に、わしのポンチョはときどき風で膨れあがり、灰色の旗が風で空に舞うように、バタバタと翻った。 ベント・ゴンサルヴェス少佐は味方が団結 ...
続きを読む »1964年東京五輪=「開会式の感動今でも」=東京五輪を観た重白さん=「超満員の会場で熱狂はすごかった」
1964年10月10日、国立競技場で行なわれた東京オリンピックの開会式。超満員7万2千人の観客の中に、後にブラジルへ移住することになる重白征夫さん(71、大阪)がいた。 67年4月着伯の技術移民。高校卒業後、トヨタ自動車入社を経て、当地のフォルクスワーゲンで長年働いた。義理の父親は長崎県人会創立者の一人である浦川義人さんで、 ...
続きを読む »「日本移民の日」を記念して=在サンパウロ日本国総領事 中前隆博
「日本移民の日」を迎えるにあたり、ご挨拶を申し上げます。 日本人のブラジル移住は今年107周年を迎えました。第一回笠戸丸移民の方々がサントスに上陸されて以来、戦前戦後に日本からブラジルに移住した約26万人の方々、またその子孫の方々は、今日の日伯両国の発展に多大な貢献をされてこられました。 在サンパウロ日本国総領事館は、1915 ...
続きを読む »認知症に効くって本当?=ヴァージン・ココナッツオイル=大匙2杯で症状が改善=日本のメディアも注目=老化防止、糖尿病にも
飲んでよし、食べてよし、肌や髪に塗ってよし。ブラジルではごく身近な食材の一つココナッツは、〃生命の木〃と呼ばれるほど栄養素がバランスよく含まれ、美容や健康に優れた効果を発揮する。特にこの果肉から搾り取ったオイルはダイエットから老化防止、免疫力向上、甲状腺機能改善と効能は数多く、アルツハイマー病予防にまで効くという説もある。日本 ...
続きを読む »想い出を暖めて「望郷」=クリチーバ 田口さくお
『天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも―阿部仲麿』 この和歌は『百人一首』の中にある詩だが、仲麿が16歳の時(716年)、遣唐使留学生に選ばれ唐に入りました。仲間が日本に戻った後も唐に残り、玄宗皇帝から籠をうけ、30年以上も滞在した後、来唐した遣唐使と一緒に帰国することとなった。 唐の友人達が送別の宴を開いてくれ ...
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