映画監督の松林要樹さんが(36、福岡)が新作の取材・撮影のために、サンパウロ市に昨年12月20日から1年間、文化庁の「新進芸術家海外研修制度」で滞在している。13年の初来伯時から取材を続けているパラー州ベレンに暮らす福島県出身の移民女性の想いなどを追っている。
中心テーマは「福島」と移住以来初の「一時帰国」。数十年ぶりに訪れる故郷は、東日本大震災で大被害をこうむったあの福島県だ。帰国を勧める子ども二人の心境や帰国準備の様子に加え、今の福島がその目にどう映るのか―を丹念に追う。
「ドキュメンタリーで面白いのは、何かが起きていることを収めること」と映画製作の醍醐味を語る。新作『祭の馬』(2013年)では「福島第一原子力発電所事故」に翻弄された一頭の競走馬を描く。単なる過去の記憶だけでなく、どう現在に影響しているかをカメラにとらえる。
また『相馬看花 第一部 奪われた土地の記憶』(11年)でも震災直後の南相馬市の被災者を撮影、「福島をテーマに追い続けたいという気持ちも影響している」と今回のテーマに辿りついた背景を語る。
「既に調べられていることについては、あまりやろうと思わない」。今回取り上げる女性も当地訪問を通して、自ら探し出した。
取材をする上での難点は「言葉ができないこと」。ビルマでロケをした代表作の一つ『花と兵隊』(09年)の撮影時は英語を使った。ポ語での意思疎通はまだ困難で語学学校に通うつもり。
『花と兵隊』は大戦終結後に帰還せず、現地で家庭を持った日本軍元兵士が、日本へ帰らなかった理由や、壮絶な戦争体験を生々しく告白する作品。当時20代だった松林さんが3年に及ぶ取材を敢行し、未帰還兵の心の奥底にくすぶる心情を聞き出した。
未帰還兵の中にはサンパウロ市生まれで開戦直前に家族で帰国して召集を受けた坂井勇(ブラジル二世)もいた。終戦後もパオ族の女性と結婚し、精米所を経営、裏庭をカレン族やパオ族の人たちに貸しながら生活を送っていた。ブラジル、日本、ビルマを巡る数奇な運命を辿った坂井の人生を、俳優を使ったドラマ作品にする構想があることも明かした。
今回1年間の長期滞在に際し、新テーマにも意欲を燃やしている。既に頭にあるのは出身県・福岡から多くの人々が当地へ旅立った「炭鉱夫」。学生時代に三池炭鉱関連の取材を試みたこともあったという。