アチバイア 故・東 抱水
文化の日思ひ出遠き明治節
【「文化の日」は十一月三日で、その昔「明治節」と呼ばれていた日である。この句の様にまことに「思い出遠き明治節」である】
文化の日三日遅れの吾が誕生
【二句目は、その明治節に三日遅れて自分の誕生日がやってくる、と言う一句。
実は昨日、アチバイアの“東抱水”さんが、昨年十二月十八日老衰のため逝去され、百五歳であられたと言う知らせを頂いたところである。この句稿の届いていたのは、十二月の中頃であったから亡くなる前に投句して下さったものである。
欠かさず俳壇へのご投句を続けて下さった東抱水さんのご冥福をお祈りすると共に、最後の此の巻頭俳句を限りないレクイエムとして心よりご冥福をお祈り申し上げます】
明易や今日のプランは床の中
今日も亦空雷で終はりけり
掃苔や火酒ふりかけて乾杯す
カンポグランデ 秋枝つね子
祝九十晴着をまとふお正月
【まだ一度もお目にかかった事はないが、俳壇には必ず投句され親しい作者であり、この句の様に九十歳と知り驚いている。
作者はこの俳句にあるように、良い家族に恵まれ健康に恵まれて、「十万羽の鶏の洗卵」をされる姿が清々しく想像され、卒寿のお祝いと共にますますのご健康とご投句を期待したい】
九十歳おどろくわたしのお正月
寝正月いい嫁が居て孫がいて
十万の鶏の洗卵初仕事
サンパウロ 田中美智子
その中に日本の心雑煮椀
【雑煮は正月三が日の食べ物であるが、その餅や汁の作り方、その汁に入れる具などそれぞれ地方によって違いがある。雑煮椀は大方漆塗りで蓋がある。
この句のように、その漆塗りのきれいなお椀の中には、正月を祝っての切り餅であったり丸餅であったりする。白い餅の上には海のものや山のものが彩りよく盛られ、まことに「日本の心」一杯の美しい和食の世界遺産である。「日本の心」とは含蓄ある言葉の選択で、格調高い新年の佳句であった】
過ぎ去りし日々は愛(いと)ほし去年今年
窓開けて我が終(つい)の地の初御空
弾初めや平和を願ふアヴェマリア
お降りやサンパウロ市静もる日暮れ時
セザリオランジェ 井上 人栄
鉄掘って姿を変へし夏の山
【少し郊外にでると、車から外を眺めるのが楽しみであるが、時々青々とした夏山を裏切って片側を深く掘り下げ、醜い様相を呈した山々に出会う事がある。何でも石灰を掘ってとかで、知らないが堀跡の無惨な姿であった。
この句の様に「鉄掘って」といえば、もっと仰々しいものであろうから美しいはずのミナスの夏の山々も、本当に残念な事である】
夏草に負けぬつもりの鍬使ひ
羽衣のやうな朝霜ミナス山
囀りと潮騒に覚め海の家
サンパウロ 広田 ユキ
一年の喜憂を綴る日記買ふ
【年末になると書肆には色々な日記帳が並ぶ。私は日記と言うものを付けないので買う事はないが、年末に本屋で見るのは楽しい。
日記には出来事の「喜憂」をつづるのが日課となっている作者。一年中の身の回りの出来事や、記念する出来事,或いは嬉しいにつけ悲しいにつけ書き綴っておくことは、大事な事である。「なほ余生あるを信じて」と言われる様に、作者には元気でいて頂きたいと願っている】
託児所はお昼寝タイム水中花
なほ余生あるを信じて日記買ふ
合歓咲いて大学都市は休暇中
ポンペイア 須賀吐句志
サングラスすれ違ひざま振り返る
【夏の砂浜、ふとすれ違った人を「あの人誰だったかな?」と思わず振り返ったという一句。サングラスなのでよく分からず、はっと後ろを振り返ってみるその動作。
人事を詠み、中々のこの作者の佳句である】
Tシャツに日本字あふれ夏の浜
炎天下大樹の蔭の去り難し
ビール飲むお国訛りでなほ旨し
アチバイア 宮原 育子
夏時間暮らしのリズム遅れがち
【この頃は「夏時間」にも慣れてしまったが、始めは一寸まごつく事もある。この夏時間の励行でどの位お国の為になるのかは計り知れないが、私達老人にはどちらでも良いが時間で働く人は“早起き早寝”で大変であろう。
「暮らしのリズム」と言うよい言葉の選択の佳句であった】
文化の日亡母(はは)の句帳が日本より
年毎に参る墓増え我も老い
初盆の幼児の墓に天使像
リベイロン・ピーレス 中馬 淳一
ささやかに生きてつつまし晦日そば
【「晦日そば」は大晦日の夜に頂く。
この句のように、日本人は大晦日には決まって蕎麦を頂くが、最近若者の時代となってはあまり蕎麦など振り向いてくれない。我が家では頂くのは私と娘くらいで、年末にはわざわざこの句のような「晦日そば」を、好きなときに好きなように頂いている私。年を取るのはどうでも良いという事かもしれない】
万燈の電飾夜空パウリスタ
除夜花火終れば空はもとの闇
年毎に除夜の鐘聞くテレビ前
サンカルロス 富岡 絹子
香水に鼻むず痒きアレルギー
亡き友と買ひし水着はそのままに
黒き肌もふ手遅れの日焼止め
冷房の店に入りてひと休み
ピエダーデ 国井きぬえ
クリスマス電動おもちゃ走らせて
初夏や日本番茶も朝の友
西の空虹の橋見る息子誘ひ
裏庭で騒ぐ小鳥の誕生す
インダイアツーバ 若林 敦子
朝寝して至福の時や独り住む
念腹忌蒔かれし種は実りをり
春昼や焦げし臭ひは厨より
木立より聞こえ始めし蝉の声
イツー 関山 玲子
驚きてすぐ隠れたる守宮たち
大荷物乗せて買い物師走バス
新茶得し新幹線と富士偲ぶ
来る年もこの日ありたし納め句座
ヴァルゼングランデ 馬場園かね
今日の夏至北を目指してバスが出る
遠く来し憩ふベンチや夾竹桃
新茶の香たすきがけてふ紺絣
野路ゆく出合の蛇も優雅なる
サンパウロ 山本英峯子
新茶酌む句会始まる午後一時
夾竹桃ペンソンも古り邦人街
堀たてといふ筍の土産かな
蛇を見て足の竦みし散歩道
サンパウロ 渋江 安子
日傘の樹憩ふ老人仲間かな
月下美人ほのかな香り漂はせ
二段滝中を潜りて危ぶまれ
休日は野菜畑の草取りす
サンパウロ 秋末 麗子
夏帽子日本偲ばる旅の日々
月下美人一夜の夢の喜びに
泥深く肩まで埋め蟹を捕る
不況時の安価争ふ師走街
サンパウロ 大原 サチ
潮騒を遠く近くに日傘の樹
見晴るかす虹の立ちたる滝しぶき
片蔭や末席なれどありがたし
月下美人命短く夜々咲ける
サンパウロ 須貝美代香
片蔭の右か左か比べては
滝落ちて光る飛沫の七色に
胸ボタン一つ外して夏帽子
ファッションの後を折りて夏帽子
サンパウロ 高橋 節子
日伯の合流深む文化の日
珈琲捥ぐ家族総出の古写真
久しかり都外の風や夏の山
華やぎし時代は薄れ舞扇
アチバイア 吉田 繁
半田画伯コロニア描く文化の日
夏めきて庭七色の花盛り
亡妻の植えし白百合墓参かな
鰐の居る大河にぺスカ雲の峯
アチバイア 沢近 愛子
電照菊四季を通して薫りをり
露草のひそと咲きゐる今朝の庭
供花あふれ日差しも優し墓参る
山鳩の遊んで居りし夏野原
アチバイア 菊池芙佐枝
窓を開け蔓ジャスミンの香をさぐる
初夏の雨病葉落とし模様変え
カフェーありまん頭ありの墓参り
喜雨ありて明日の散歩に胸おどる
アチバイア 池田 洋子
夏寒し連夜の雨にカーデガン
テーブルに小鳥止まらせ忘年会
端居する祖母の姿をつひに見ず
婆囲み笑顔はじけるクリスマス