今年1月不景気風を心配している私達の目前に飛び込んできたのは――「世界の原油の価格が大幅に値下がりした。それを受けてサンパウロの株式相場も大幅に下落した」と云うニュースです。「さては又、不況の上乗せか、新年早々縁起でもない」と、原油(石油)のことなどに詳しくない庶民は頭を悩ますことになります。それで今回はこの原油(以下、同じ意味で石油)価格の大幅下落はどうして起きたのか? それはこの国の経済にどう影響し、私達の生活にはどう関わってくるのか?この辺を皆様と一緒に検討してみたいと思います。
値下がりしたのは何故?
石油の価格を決める米国ニューヨーク取引所の相場はドル/バーレルで表示されます。その動きを見ましょう。
2014年6月、1バーレル当たり「115ドル」だったのが、2015年1月には「50ドル」に下がり、15年12月には「37ドル」、ほぼ1/4になりました。今年1月にはイランの参加を反映し、ついに「30ドル」を割ってしまったのです。
アラブ中近東で戦乱が激しくなったから『値上がり』と云うなら分かるが、ここで何故『値下げ』なの? 当然生まれる疑問ですね。
ハイ、価格下落の理由としては次の様なことが挙げられています。
★米国でシェールオイル(SHALE OIL、別名タイトオイル)やカナダでオイルサンドなどの石油資源の開発、採掘が進み、石油の在庫が増えた。
★米国の長期金利引き上げられて、アラブなどの石油に投じられていた資金(オイルマネー〕が米国に回帰し、他の分野に廻った。
★中国の景気減速、アジア、ヨーロッパなどでの景気減速、石油需要の鈍化が見込まれた。
★サウジアラビアを中心とする生産国連合=OPECが石油の減産合意を否定し、自由競争状態となった。その上、1月にイランへの経済封鎖が解除され、イラン産石油50万バーレル/Dが新規に市場へ参入する。
単純に言えば、需要が増えないのに供給は減らない、又今まで石油相場に投入されていた資金が他に廻った、などが価格下落の原因と見られています。
世界の石油
ではどんな国が石油を生産し、どんな国がそれを消費しているか、世界的な需給関係を調べてみます。
生産で世界のトップは米国です。シェールオイルの開発などでそれまでの輸入国から輸出国に代わり、最近日本への輸出を契約しています。生産量2位はサウジアラビア、3位がロシアで、この3国だけで世界の石油の4割を生産しているのです。(やっぱりアメリカは金満国です。地面を掘れば金が出てくる国へ移住したい人が列をなしているのも分かりますね)
消費の方でも断然のトップは米国、次が新興の中国、3位はその半分くらいの消費量で日本、そしてインドへと続きます(生産が殆どない日本が消費では3位なのですから、その力、偉いものですね)〔表1、2〕
生産量から消費量を引くと、大ざっぱですがその国の輸出余力が分かります。輸出に依存する度合いの強い国、石油価格の下落で困っている国は、
◎ロシア(石油収入の減少でGDPまでマイナスになっている)
◎ヴェネズエラ(米国に楯突いたシャーベスさんの威光、今いずこ)
◎アラブの中小生産国
という3国でしょう。
一方、石油価格の下落が(ありがたい)国は中国、日本、インド、韓国、ドイツなどが考えられます。日本はガソリンばかりでなく、電気までガス、石油に頼っていますから価格下落は御の字なのですが、石油が下がって世界の景気が悪くなると日本の輸出も振るわなくなる。長期の低落は赤信号のようです。
ブラジルと石油
ブラジルではバイア州などに石油がありましたが、国内需要をまかないきれず、不足分の輸入代金が財政的な重荷になっていました。その後、リオ州沖などの海底に油田があることが分かり、その生産が進み、2006年頃には原油生産量と石油消費量がほぼ同じ位になって、「わが国での石油自給が達成された」と大喜びしました。
しかし、2011年以降は再び輸入が必要となって、現在に至っています。それでブラジルにとって石油価格の下落はプラス材料の筈なのですが、実は価格が下がって困っているところもあるのです。
その1はブラジルの石油の生産の殆どは海底油田からのもので、その生産コストが高い、という点です。2015年10月頃世界原油価格が50ドル前後になった頃、政府の石油機関責任者がこう言明しました。
「わが国のプレサル(PRE―SAL・注)のLIBRA油田の産油は、市況が55ドル/B程度なら十分採算がとれる。しかも今後技術向上が進み、本格生産に入れば50ドルでも行くだろう」との内容でした。
プレサルの油田は海底の深い所(所によっては3千メートル以上)に有るので、採掘コストもよけい掛かり、かつ、万一バルブの不具合、破損などの事故が起きれば環境汚染の大災害を引き起こします(今ミナスSAMARCOで大騒ぎですね)。その対策もコストに入るのです。
仮にブラジルのプレサル原油のコストが45ドルに下がったとしても、世界の相場が30ドル程度なら、それでは生産するだけ〃損〃になります。突き詰めて言えば、プレサルの石油はあっても今は使えない、と云う理屈になるのです。
困る点のその2は、地方自治体の収入減と云う点です。海底油田の開発が進んだ時点で、政府はその石油生産からロイヤリティ(ROYALTY・注)を取り立てる。これを生産地元(海岸部の市や州)にも配分することにしたのです。ところが石油の価格が下がるとロイヤリティも連動して下がります。
2015年にはこの利権料が前年比25%も下がり、この利権料をあてにしていた地元は大苦境に陥りました。リオ市はこの金でオリンピックの運営を計画していたのがあてが外れた、リオ州の石油基地マカエ市などは昔石油成金、今は閑古鳥で泣いています。
もう一つ、ペトロブラス公社では石油ガス開発部門に1千億ドル強の投資を計画していたのですが、直ぐ金にならない計画に貴重な資金を回せません。800億ドルに縮小しました。それだけ関連業界へ廻るお金が減ることになり、造船など日本の参加企業にも影響が及んでいます。世の中、中々貴方も私もハッピー、ハッピーとはいかないようです。
それでどうなる?
今まで見てきたように、石油は国際的な商品で巨額のオイルマネーが動くところです。これからどうなるのか、私共には簡単には答えられませんが、今のところ大体こうだろうと見られています。
石油の価格を引き上げる(下げさせない)には、今までOPEC(石油生産者団体)がやったように生産を調整して油のダブつきを無くすれば良いのですが、今のところ誰もそうしよう、生産制限をしようとしていません。サウジアラビアは元々採掘し易い豊富な油田を持っているので生産コストも低い。
どうも、「値が下がるならば下げさせれば良い。そのうち生産コストの高いところが脱落すればいいんだ」と考えているフシがあります。その生産コストが高いと見られているロシアのプーチンさんは「自分の市場を失う減産などする気は無い。それならもっと生産コストの安い新油田を開発すればよい」と強気を崩していません。
シェールオイルを開発した米国は、今でも石油を輸入もしている世界のリーダーです。資金は潤沢にありますし、採算に合わない計画はしないでしょうが、やる気になれば何でもできます。新石油源を探すかもしれない。
で、いうなれば以上の3強者が安値の我慢比べをして事態が動くのを注視しているような状態なのです。それで供給過剰という状況は直ぐには変りそうもありません。石油の値段は下がります。
バーレル当たり25ドルとか「20ドル」まで行くという観測もあります。慌ててペトロの株を買うことはないようですね。
それではブラジルはどうしたらよいのでしょう。まず、実利優先です。輸入石油の方が有利なら輸入石油を使って物価を下げればよい。燃料だけでなく、プラスチックのような石油製品原料も値が下がれば、ブラジルの工業生産もコストが下がり、国際競争力も出ると言うものでしょう。
しかし、国産原油の方も、今直ぐ増産はしないと言っても、この方向を止めてはいけません。他の国がやっているように生産の合理化、多すぎると言われている(色々な管理費)の削減に必死の努力をして、国際水準の生産コストを取り戻すべきなのです。
ローヤリテーの取り分で争うエネルギーをまず、国産石油産業の発展のために費やして貰いたいものです。
ところでこの話を脇で聞いていたYさんが声を上げました。
「石油の値段が半分とか倍に下がったとゆうんなら、我々が使うガソリンとか、家庭で使うガスとかの値段を下げたらどうなんだ。去年など、2回も上げたじゃないか。政府も色々大変らしいから半分にしろとは言わぬ。3割位に負けてやる。下げてみろ、このご時勢にガソリンやガス代が下がれば、国民は大喜びするぞ。インフレは収まり、政府の人気も高まる(!!)大統領のインピーチメントなんか一発で解消だ」―(ご意見はこちらへ=komagata@uol.com.br)
《注=(1)シェールオイル=シェールは日本語では油母頁岩と書く。岩や土の中に油分を含む層がある。今まで有効な採掘法がなかったが米国が低コストの方法を開発し、一挙に生産が増えた。
(2)プレサル油田=表面から見て、岩塩層の下に油田があるので、こう呼ばれている。ブラジルでは2千から3千メートルの海底の下にこの岩塩層(PRESAL)があり、その下に大規模油田がある。リオからサントス沖合いなどで開発が進んでいる。
(3)バーレル=石油取り引きの単位〔量〕42ガロン。159リトル相当。生産量などをBARREL/DAYで表示する》