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寄贈された電車と龍体
寄贈された電車と龍体

4年越し、路面電車が到着=長崎市からサントス市へ=伝統芸能「龍踊り」の龍体も

 4年越しの念願がついに実現――長崎市が姉妹提携先のサントス市へ寄贈を約束していた路面電車と、民俗芸能「龍踊り(じゃおどり)」の龍体が、1月24日にサントス港に到着し、この2日にサントス市の路面電車発着所前でお披露目された。長崎県人会の栗崎邦彦会長、サントス市のパウロ・バルボーザ市長、中井貞夫市議、ルイス・ギマランイス観光局長、中前隆博在聖総領事をはじめ、約150人のサントス市役所、サントス日本人会、同県人会関係者らが集った。

 サントス市と長崎市はともに貿易港で観光都市であり、市内を路面電車が走るという共通点があり、72年から姉妹提携を結んでいる。
 中井貞夫市会議員が4年前、路面電車がサントスの古い町並みを走る観光企画「生きた博物館」(Museu Vivo de Bondes)に、長崎の電車も加えたいと打診。長崎市が承諾し、今回の寄贈につながった。
 式典では、輸入手続きの折衝を行なったルイス観光局長は、「多くの援助や協力があってお披露目することができた」と感謝の言葉を口にした。
 栗崎会長は龍体に言及し、「龍踊りは福を運んでくるもの。サントスでも披露しましょう」と話した。バルボーザ市長は姉妹都市になってからの交流を説明した後、市が受けた日本文化の影響に謝辞を述べた。
 その後、バルボーザ市長らは電車内に入り、マルコス・ロゲリオ車体改装責任者から説明を受けた。電車は日本車両製造株式会社の製品。1950年に製造された車体で、重さ16トン、長さ11メートル。現役時は長崎市内を走っており、14年に引退した。サントスでは「長崎号」の名前で走る予定。
 中井市議は「一番の問題は輸送だったが、困難を乗り越えられて本当に嬉しい。他国の電車と同じく、長崎の電車がサントスの一員になったことが誇らしい」と笑顔で話した。話が持ち上がった4年前にサントス日本人会会長だった土井セルジオさんは、「到着まで4年もかかったけど、電車も龍体も無事に到着して本当に良かった」と安堵の笑顔を見せた。


 ヤクルトの協力で困難乗り越え

 電車到着までに大きな問題があった。12年のブラジル長崎県人会創立50周年で、長崎の田上富久市長が「龍踊り」の龍体を同県人会に寄付すると表明。サントス市に寄贈する電車内に龍体を入れ、一緒に輸送する計画が持ち上がった。
 しかし長崎港から電車を輸送できる船は出ておらず、特別仕様トラックで博多港まで運ぶ費用が必要となり、計画は難航していた。
 ルイス観光局長は14年10月、長崎市で行なわれた電車贈呈式に出席。その際同席していた貞方賢彦ブラジルヤクルト経営審議会会長に輸送費用不足の件を話した結果、ヤクルトの創業者である松園尚巳氏の記念財団が、費用支援を申し出ることに。紆余曲折を経て電車と龍体の輸送が実現した。


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 サントス市に到着した長崎市の路面電車。実はレール幅が違うため、左右の車輪間の幅を変える必要があり、この処理はサントス市が行なう。「生きた博物館」では他に、イタリアやポルトガルの電車も走っており、日本からの電車はこれが初。イタリアから来た電車では車内でコーヒーを飲め、その乗車経験を覚えている人も多いとか。「体験型の消費」は記憶に残りやすいらしい。サントスはとにかく暑くなるので、冷たいものが欲しくなる。せっかくの日本の電車なので、浴衣を着た美人がかき氷を出す車両にしたら人気爆発?
     ◎
 電車と一緒にサントス市に届いた「龍踊り」の龍体。長崎市から長崎県人会へ寄付されたもので、同会の川添博前会長は「頭を持ってみたけど思ったよりも軽い。以前15キロの重りで練習しようとしたけど、棒の先にそれだけの重さがあると、とても振り回せない。10キロでも難しかった。本物の龍体が届いたのでしっかり練習したい」と話す。中国文化との馴染みも深い長崎だけに、リベルダーデ広場で中国の旧正月を祝う「新年快樂」で、中国龍との〃共演〃もあり?