涙ぐむリカルドには申しわけないが、思い出したことを聞いてみた。
「奥さんは麻薬が原因で死んだとか?」
「信じられませんが、彼女自身が麻薬をもっていたらしくて、僕が東京にいる間に、警察は群馬の僕らのアパートを念入りに調べたらしいです。もちろん何も出てきませんでしたが・・・」
警察の取調べが一応終わった後、リカルドは在京のブラジル総領事館に妻の死亡届を提出し、遺体は派遣会社の手配でサンパウロに搬送され、遺族に引き渡された。
結局、リカルドの妻の死は、麻薬に手を出した外人の自業自得による死亡事件として処理されそうだ。彼をはじめ親族の誰かが働きかけなければ、ただでさえ忙しい警察は、勝手に死んだ外人の事件にこれ以上関わってくれそうもない。
「君は、奥さんの遺体と一緒にブラジルに帰らなかったの?」
「実は、僕と妻は・・・来日前に、日本にいる間だけという約束で結婚しました。妻の母親や僕たちを結びつけたブローカーと電話で話しましたが、もう妻のことは忘れろと言われました」
「つまり、二人は偽装結婚したんだ。君は、これ以上警察と付き合うと、そこらへんを追求されると思ったから、ここに相談しに来たというわけか?」
「正直に言うと、最初は二人とも本当の夫婦になる気はありませんでした。でも、日本で同じ屋根の下で、苦労しながら暮らすうちに、僕たちは本当の夫婦みたいな関係になったような気がします」
「『本当の夫婦みたいな関係』って、どういう意味かな?」
「うまく説明できませんが、お互いに・・・身近にいる時は何も感じなくても、相手がいなくなると、そこにポッカリ穴が開いたような気がすると言うか・・・」
「へー、いいことを言うね。すると、世の中には、正式に結婚しても本当の夫婦じゃない連中もたくさんいるわけだ。で、私に何かお手伝いできることがあるのかな?」
「妻が何のために東京に来て、なぜ死んでしまったのか、本当の理由を知るために、ジュリオさんの力をお借りしたいんです」
「警察は何と言ってるの?」
「六本木では最近麻薬が流行っているらしくて、警察は、妻は誰か悪い仲間に誘われてそこに出かけて、軽い気持ちでやったのだろうと言っています」
「そうじゃない可能性もあるの?」
「妻は僕と一緒に初めて日本に来たので、東京のどこかに一人で来れるはずがないと思います。それに、妻の仕事仲間に聞いたら、彼女は時々職場の公衆電話からどこかに電話をしていたと言っています。電話の相手は僕じゃないし、誰だったのでしょう? それと警察は、妻の死体が発見される前に、男の声で救急の電話に通報があったと言っていますが、誰が連絡したのか分かりません。現場には妻が一人で倒れていたそうです」
「つまり奥さんは、電話で話していた人物と一緒に東京に遊びに来て、思いがけない事件に巻き込まれたんじゃないか。救急車を呼んだのはそいつか、あるいは倒れていた奥さんをたまたま見つけた通行人かもしれないよ」
「でも、妻は誰かと遊ぶために東京に来たとは思えません」
「君も一緒に誘ってもらいたかった?」
「そうではなくて、妻が東京に来たのは何か別の理由があったのかもしれないと思っています」
「たとえば?」
「たとえば・・・妻が職場で使っていたロッカーからこれがでてきました」
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