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「ある日曜日」(Um Dia de Domingo)=エマヌエル賛徒(Emanuel Santo)=(10)

「サンパウロでアナが住んでいたマンションのサーラ(居間)の方が、このアパートより広いね」
 そのアパートは狭いだけではなかった。畳はささくれ立っている上に、カーテンのない窓から差し込む直射日光を受けて変色している。壁は薄汚く、台所のコンロと換気扇には油と埃がこびり付いている。玄関脇にある水垢で汚れた和式トイレで用を足せば、アパート中に音が漏れそうだ。タイル張りの小さな風呂場が付いているが、洗面や着替えは台所でするしかない。
「これがジャポン(日本)よ」
「初めて来たのに、前から日本を知っているみたいに言うね」
「日本に来たことがある人たちからよく聞いていたの。日本ではお金を持っていても、ブラジルでは普通くらいのマンションにも住めないって」
 布団をたたんで押入れにしまった頃に、山本という派遣会社の社員が訪ねて来た。山本は「いい女だな」と思ったのか、アナの顔をじっと見つめていた。アパートには椅子もテーブルもないので、三人は「リカルドの部屋」に座って話を始めた。
 山本は、まず仕事のことについて簡単に説明した。二人とも「ハケン」社員として、リカルドは自動車の部品工場で、アナは家電の組立工場で働くことになっていた。アナの時給は800円だが、リカルドの時給は、仕事がきついのと男であるからという理由で1000円だそうだ。次の日は、朝一番に市役所で外国人登録をしてから、それぞれの工場に行って仕事を始めるとのこと。
 それから山本は、生活の準備金として、一人5万円を給料の前払いという形で貸してくれた。その日は日曜日で銀行が閉まっているため、ドルの両替はできないと言われた。
「そうか、今日は日曜日ですね」
 リカルドは、地球の裏側から来て、その日が何曜日なのか分からなくなっていた。
 さらに山本は、平日は忙しいので、当面の生活に必要なものはその日のうちに買っておくのがいいとアドバイスしてくれた。
「買い物はどこですればいいですか。日本語が読めなくても大丈夫ですか」
「大通りに出て右に曲がったところに、スーパーやいろんなお店がありますよ。ポルトガル語(ブラジルの公用語)が通じるから全然問題ないです」

 山本はそう言い残して帰ってしまったが、アナは心配している様子もなく言った。
「天気がいいから外に行きましょう!ここにいると息が詰まりそう」
 外出した二人は、多くの日本人夫婦のように手をつながずに歩いたが、大通りに出たところで、先を歩いていたリカルドが驚きながら振り返ってアナの顔を見た。なんと、目の前にポルトガル語の看板を掲げたスーパーが出現したのだ。中に入ると、コーヒーの自動販売機が目に入った。
「さっきのコーヒーすごく美味しかったけど、ここで買ったの」
「時差ぼけで早く目が覚めたから、近所を散歩しちゃった。ブラジルでもらった百円玉を使ったの」
 リカルドは、日本に着いたばかりですぐに歩き回るアナの行動力に感心した。日本は女性が一人で外を歩いても安全な国と聞いていたが、本当だと思った。
「ボン・ジーア(おはようございます)!」
 店に入るなり、日本人の店員がポルトガル語で挨拶してくれたと思ったら、それに続く言葉もポルトガル語。なんとそこはブラジルから来た日系人が経営するスーパーだった。