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ニッケイ歌壇(506)=上妻博彦 選

  サンジョゼドスピンニャイス  梶田 きよ

本当を「ほんま」というのは京都弁ただなつかしくホンマかなこれ
『談論風発』覚えし頃はうれしくてやたら使いし談論風発
死ぬことに悲しみ覚えることもない年はとってものんびり作歌
青天が三日も続く一月の動くともなき雲見つめおり
『文春』にて色鮮やかな花街道眺めてあれば日本恋し
車での花見の愉しさ見てあればたゞ読むだけで心明るし
『文春』の大特集はヒロシマの記事色々と胸に沁み入る
八十年をブラジルに住みヒロシマの記事を目にして万感しきり

「評」先回頃から筆跡が気にかかるが、ずっと校正など一字もいらない美しい日本語の人。没の分は発表済み。三首目の境地で精進されるよう祈り上げつつ。

      サンパウロ      相部 聖花

申年(さるどし)は好ましからざるものの去り欲するものの来る良き年なり
若き日に愛他の精神学びなし夫昇りゆけり次なる世界へ
夫逝きて一人の朝の食卓にコーヒー沸かす意義なしと思う

「評」相思相愛の仲であった事がこの挽歌三首の中に凝縮されている。どうか気を持ちなおされて、以前の様な作品を生んで下さる様、心から願っています。心からご冥福を祈り上げます。

      サンパウロ      武地 志津

初場所を大いに盛り上げ初優勝遂げし琴奨菊に万々歳
優勝が決まりし瞬間その父の面覆い泣く我貰い泣き
場所中の厳しき表情柔らぎて髷結い直す琴奨菊関
十年振り邦人力士優勝にファン仲間の声弾む電話
大観衆祝賀ムードに浸りつつ座布団の舞い暫し止まざり

「評」なによりもこの二首目の瞬間こそ、艱難辛苦に堪えての優勝、「もうそれでいい」と親はいいたい程であったろう。これからが、と観衆は思うだろうが、それでも相撲の道はつづく。

      バウルー       酒井 祥造

北国の生れにあれど移住して暖国育ち寒さによわし
衣食住足りて礼節忘れたり読書昼寝のほかは望まず
天国は今居る所うから皆いたわりくるる老も良きもの
杖つきて歩む身なれど植林に少し働く刻をたのしむ
やきつくる暑き日家居に扇風機かけて昼寝よ天国に居る

「評」北海道生れ、六歳で移住。農業、孫の代に至る大農、『衣食足りて礼節を知りつくした人』。はっきりと言い放っている『読書昼寝の外は望まず』。そして足るを知り、『うからにいたわられる』。この人生観、世界観。そして言う、植林を楽しむと。

      ソロカバ       新島  新

マリンガに二泊三日のバスの旅往復夜行できつかったこと
マリンガも水不足とて前庭の花壇の花も青息吐息マリンガの大学構内一廻りその広きこともうくたくたに
大学の構内で見付けたサクランボのいや甘かった事と言うたら
フロレスタの町の人口五千とう静かな町の佇まい見る

「評」この作者の手にかかると、口語の生の言葉も、ぴったり嵌って実に面白い。今回は字足らずか、書き忘れが見えた。一杯召し上がった様に見えるが、そうでなかったら失礼を許され、参考にされたい。

      サンパウロ      武田 知子

練り香に栞り香水粉末香香木も有りコレクションとし
香水瓶内より描かれしクーニャンは上海土産と空港で買う
飾り棚ガラス開ければほんのりと百余の香り旅思い出す
絽の衣衣桁(いこう)に掛けて風通し掛け香はせず明日の茶会に
余命得て学びの道をせめてもと初心にかえり手すさびの日日

「評」茶道の場での香水はタブーとされるのではと思うのは、素人の考えかも知れない。又、香料にも色々あるのかもと思ったり、三首目でそう思った。四首目『羅』より『絽の衣』とすれば字足らずも補えるのでは。小生、仕事上、衣桁は竹で作って狩衣をかけるに間にあわせたが、使わなくなった。五首目、身にしみる作品。

      カンベ        湯山  洋

親思い畑に残った末っ子はここを足場と頑張る毎日
畑育ち機械仕事の大好きな農業技師は若さ走らす
親の土地小さすぎると言う息子あちらこちらに借地等して
不景気や天候不順のある道を走り過ぎるを心配する吾
この前まで吾も走った道なれば力を込めて応援続けん

「評」狭い日本から移って来た親等とは違ふのが、この国育ちの子供達、四、五首に一世移民の思いが込められている。

      サンパウロ      坂上美代栄

メモ用紙持ちて買物なしたれど忘れし品が戻れば出てくる
たまさかに孫の持ち来し若きらのはやりのものは想外の味
味つけを醤油か塩で迷いいし孫のひと声醤油に決まる
半生を辞書離さずに暮らし来し中のページはひらひら散れる
休まずに亀の如くに歩みおり閃きなくとも机に向かう

「評」老いては子に従えと、言ったものだが、いよいよ孫に従う方が楽なのかと、何となく思う様になった。子には押しつけた事も、孫にはそうでないのだ、あの人もこの人も。ひらめかずとも、人生のページをなくさぬ様ゆっくりと。

      バウルー       酒井 祥造

遅れてはらなぬ除草に年末も年始もなき日々苗を守りつつ
植え終えて良き雨降りし正月を一日休む昼寝も長く
昔ならすでに卒寿よ新年をむかえて植林の思い新たに
誰がために働くならず植林の日々こそたのしつつがなき身は
植えし苗半年にして丈すでに三メートルこす伸びをめでつつ

「評」予定の面積を植え終えた所に慈雨、そして寝正月、思い切り長い昼寝。手足を伸ばす作者が見える。すでに足かけ卆寿になる、そう思う。まなうらには走馬灯の様に浮ぶこし方、半年前の分はすでに三米に伸ぶ、この至福感。

      バウルー       小坂 正光

スヤスヤと無心に眠る八ヶ月の初の曽女孫は天童子に似る
初曽孫未だ八ヶ月の女児なれど人生航路の船出始むる
吾が家系の一員として生れ来し初曽女孫に幸の在れかし
出番待ち琴奨菊は手を合せ勝利の神に祈願を込めたり
琴奨菊の必勝祈願の合掌は神に通じて天皇盃受く

「評」孫、曽孫を見届け、家系の一員の幸を祈る作者の至福感が、ここにも存る。

      サンパウロ   上妻セーナ葉津美

塩(しお)がない、しよう(仕様)がないな、ああ、あった、はじめての仕事汗をしました
まいにち(毎日)はつかれて眠いねむれないからだはお(落)ちるかんじするのに
かぜ(風)はなくいそいでいくに空の色見ると何んだかいいたい事が

「評」というより『注』がいいようだ。ブラジレイラ、三世。三歳で帰伯、家庭はポ語だけ。USP文学部、日本文学科在学中。ポ語を口にせぬ祖父が、子にも孫にも『仕様が無いな』『仕様がないさ』を繰りかえしていたが、今頃、「ジジ、これを見て」短歌とはこんなものか、と初めて手渡した。『仕様がない』ではおれない、日本語大字典を譲ってやった。