コチア 森川 玲子
風鈴の舌に短冊蛇笏の句
【「風鈴」といえばすぐ南部風鈴を思うが、我が家にも移住する時餞別に貰った南部風鈴がまだ健在で、六十年近くの我が家の歴史を黒ずみながらも良い音色で奏でてくれる。
◎くろがねの秋の風鈴なりにけり 飯田蛇笏
この句は飯田蛇笏の俳句の中でも最も名高い句で、未だに忘れられず心に残る代表作である。かずまの本当に好きな俳句であった。
この作者の句は簡潔な読み振りでありながら、心に残る巻頭俳句に相応しい一句である】
谷深き旧街道やクワレズマ
【二句目、この頃「クワレズマ」の真っ盛りである。海岸に出る街道筋には見事な花盛りを見ることができる。又作者の農地に行く街道の「谷深き旧街道」にも、この紫の見事なクワレズマが見られその写生俳句であろう。共に巻頭俳句として推奨させて頂く】
炎天に黒きベールや修道尼
イタリアのまん丸茄子濃むらさき
新宅の食器も増えて小正月
アチバイア 宮原 育子
書初や口許屹と(きっと)筆おろす
【新年になって初めて、筆で字を書いたり絵を描いたりすることを「書初」というが、それは二日目ぐらいに行う。
作者は先生で、この句は生徒と一緒に書初めを教えておられる時の一句であろうか。「口許屹と」と言う言葉の良い表現である】
思はざる特選メダルのお年玉
【二句目の「特選メダル」の俳句は、全伯俳句大会での特選の賞品としてのメダルである。
お年玉の様に喜ばれた、嬉しくおめでたい佳句であった】
神の泉良き名を貰ひ滴れる
肩並べ端居の夫と会話なく
湯上りの肌に馴染めるうちわ風
サンパウロ 近藤玖仁子
秋刀魚焼く夫が履かずの杉の下駄
【最近は冷凍でも生きの良い秋刀魚が食べられる様になった。少し値段は張るが、結構おいしく頂ける。
秋刀魚を焼くと可なりの煙が立つので、庭向きの窓を開け放して焼く。ふとそこに真新しい杉の木の男下駄があって、亡くなった主人の事を思い出したという一句であろうか。
含みの深い佳句であった。「杉の下駄」と言う言葉の選択に、心惹かれる】
差し水ににげまどってる金魚かな
水中花冷たき水を注ぎけり
宵月や馬車が南瓜にもどる刻
ボツポランガ 青木 駿浪
河鹿啼く山家懐し町住ひ
【「河鹿」は渓流に住んでいる、痩せた蛙の一種であるが雄の鳴き声が美しい。
何時か葬式の帰り道、両側の並木の中から頻りに河鹿の声が聞こえて懐かしかった。この句のように、山家から移って町住まいになると、この懐かしい河鹿の声は届かないので、河鹿の啼くこの頃は特に田舎暮らしが恋しい作者なのであろう。しみじみとした佳句】
幾山河越えし人生年新た
分水嶺川の流れも夏瀬音
忘年会去年の友も今は亡し
セザリオランジェ 井上 人栄
懸命に生きて悔い無し去年今年
【この句を読んだときふと、「懸命に生きて」と「賢明に生きて」との違いを考えてみた。
「懸命に」と言うことは、一所懸命に力いっぱい命がけで頑張ること、又「賢明に」と言うことは、賢く道理に明らかで適切な判断や処置が下せるさまとある。
この句の作者はそこまで深く考えての一句であろうと思う。賢明に生きても間違う事はあるが、懸命に生きれば決して間違う事はなく自分に、思い残す事はないからである。しみじみと心に沁みる佳い俳句であった】
万本のもろこし畑花盛り
事無げに毛虫を焼きて百姓女
棲みなれしこの町が好き初明かり
ヴァルゼングランデ 馬場園かね
蛍火や里山早寝終ひバス
【「里山」とは懐かしい呼び名。そんな都会から少し離れた所に作者は住んでいる。
町に出るのに何時間もかかるというが、そんな里には我々の知らない恵まれた一時もある。所用で出かけ終バスで帰り降り立った彼女のすぐ近くを、早寝の里山の静寂の中蛍が飛び舞っているではないか。羨ましい限りである。しみじみ味わえる佳句であった】
初旅の友の一家を見送りぬ
湿原の名残り留めて花海芋
迎へたる人の白靴まぶしかり
サンパウロ 大原 サチ
タツー潜む土盛り上げて黍畠
【「タツー」を一度見た事がある。お手伝いさんが、ノルテの実家に休暇で帰っていた時の土産に、このタツーを持ってきた。勿論死んでいたが硬い甲羅があって痛々しかった。食べられるとの事であったがとてもとても。
タツーの生態を見た者でないと詠めない、動物の貴重な一句であった】
起こすまじ遊び疲れし昼寝の子
憩ふ陰思ひそれぞれ日傘の木
新玉の一歩始まる九十坂
リベイロンピーレス 中馬 淳一
カラフルな傘がならんで浜極暑
【夏ともなれば海辺の砂浜には、色彩豊かで色鮮やかな日傘が所狭しと広がって美しい。夏休みに入ると、親子連れのグループがそれぞれに楽しむ姿が微笑ましいが、私にも子育ての頃はそんな時期もあったなと、この俳句を読み思い出された。
「カラフルな」と、若々しい佳句である】
海山の香り煮込みし雑煮かな
初句会笑顔で挨拶あくしゅする
初鏡しわをのばして髭を剃る
カンポグランデ 秋枝つね子
賀状画は籠に山盛り花を描く
【絵画の好きで上手な作者である。何時も何時も色々な手製の心の籠もった品々を、かずま忌に送って下さる作者は、もう九十歳になられた。養鶏の仕事をされながら、この句の様に賀状の絵をこまごまと思案されたりして、本当に頭の下がる思いである。
どの俳句にも作者の日常生活のつぶさに語られた、優しい佳句であった】
天に謝す九十歳のお正月
喧嘩ゴマ廻す子もなきお正月
秋の夜メモせなばすぐ忘れる句
パルマス 宇都宮好子
ひそと咲く額紫陽花や夕陽落つ
ガラス器に南天添へて夕の膳
ビキニの子胸のちがひや姉妹
月仰ぐくらげの色の今朝の浜
サンカルロス 富岡 絹子
炎昼に句宿は遠き村の道
蝶になるを夢見て毛虫焼かれけり
生まれ変る日まで這ひづる毛虫かな
紫陽花に傘をかしげて愛でる人
サンパウロ 高橋 節子
俳句詠む古き辞書とも去年今年
大洪水無人となりて村は泥
護身用杖は命よ風光る
女子団体夏帽子手に旅を行く
サンパウロ 上田ゆづり
難民や西も東も蟻地獄
水面を姿見として蓮の花
滴りを受けて苔生す岩の肌
遠方に牛の群れたる夏木立
バルゼングランデ 飯田 正子
美しき日本の景色新暦
年の暮村の餅搗会館で
夏嵐木の枝も折り飛ばし行く
夕立はいつもの事よ傘用意
ピエダーデ 高浜千鶴子
新しき命授かり初日かな
老いる事忘れていたし初鏡
初笑ひ犬の名前呼び違へ
一心に生きて九十の春迎へ
アチバイア 吉田 繁
草いきれ背丈ミーリョの中カルピ
夏休孫に会ふ旅メキシコへ
野良着ままテレビの前でつひ昼寝
桑の実でジャムを煮てゐる初体験
アチバイア 池田 洋子
はらからの無事願ひつつ注連飾
餅を搗く子らの喚声青空に
餅焦がす夫の想ひは奈辺にあり
めでたさも共に老いたり去年今年
アチバイア 沢近 愛子
元朝やお節並べて大家族
抜群の成績おさめお年玉
師と慕ふ人に褒められ句座納め
年の暮百五歳の師は身罷りぬ
アチバイア 菊池芙佐枝
年毎に大鍋となる雑煮かな
孫卒業がんばったねとそっと抱く
釣歯朶や朝日夕日に色変へて
ざくろの実ひとつふたつと手のひらに
オルトランジャ 堀 百合子
去年今年命ある身の幸せを
父母あらば渡伯八十年年暮るる
喜雨ありて緑に変る野も山も
年暮るる父母への思ひ果しなく
ソロカバ 前田 昌弘
ナタールの贈り物とも同人誌
昼寝する妻へメモ書き外出す
出水禍に中止となりしカルナバル
月見草月なき宵の庭隅に
サンパウロ 鬼木 順子
蜘蛛の囲に捕られて揺れる小さき虫
合歓の樹下椅子に老人憩ひをり
夕焼に染まりて雲に鳥の舞ふ
南天や見える学びや窓越しに