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「ある日曜日」(Um Dia de Domingo)=エマヌエル賛徒(Emanuel Santo)=(17)

「社長も、いよいよ『ヒルズ族』の仲間入りですか」
「まあ、遅ればせながら・・・」
 どうなるかと思った木村社長の取材は無事に終わった。予想以上にいい記事が書けそうだ。それにしても、彼、電話で話した時は相当疲れていたのかな。『ヒルズ族』を目指す人は大変だ。
 帰り道、あまり知らない「昭和の時代の日本」を体験したくなり、新宿西口の『思い出横丁』に寄って、一人で一杯やった。
 すっかり酔っ払って、飲み屋のオヤジと意気投合していると、リカルド田中がケータイに電話してきた。何か分かったことがあれば、東京に聞きに来るので、よろしくだそうだ。

【第9話】

 『合成麻薬の一種。略称MDMA、他に エクスタシー という通称を持つ。・・・特有の精神作用により幻覚剤にも分類されるが、この幻覚とは多幸感や他者との共有感などを指す。・・・また、興奮作用により長時間激しく踊り続けるなど過剰な運動に陥ると、大量の発汗から脱水症状となり、心臓発作や脳卒中、けいれん発作などを起こし、死亡する例もある』
 木村社長の取材記事は、金曜日と土曜日で仕上げて編集長に送った。我ながら上々の出来だ。
 晴れて気持ちのいい日曜日。めずらしく早起きした。
 お気に入りのケニーGを聴き、ネットサーフィンしながら、リカルドの妻を死亡させた麻薬のことを調べていると、サンパウロのセルジオ金城からメールが届いた。
 調査依頼からわずか一週間。アミーゴ(友達)のお願いにすぐに応えてくれるところは、彼はもうラティーノ(ラテン人)だ。
 多民族で構成される南米の社会では、会社などの組織が従業員や取引先の人物の素性を調べるのは常識だ。金とコネさえあれば、ちまたの庶民の情報など簡単に集められる。個人情報保護法とか、いろいろうるさくなってきた日本とは大違いだ。
『親愛なるジュリオ。あいかわらず悠々自適な生活を送っていると思う。俺も元気だ。本業はパッとしないが、2008年に迫ったブラジル移住100周年の記念行事の準備が忙しくなってきた。気軽に実行委員を引き受けたが、思ったより大変だ』
 挨拶文のあとは、仕事のできる男らしく、情報がきちんと整理されている。
(1)ブローカーの守屋について
 元は、日本の中堅商社のサンパウロ駐在員。46歳。会社がブラジルからの撤退を決めた時点で退社し、駐在員時代のコネでブラジルの永住権をとった。彼が勤めていた会社は、その後バブル崩壊のあおりを受けて倒産していて、その意味では「先見の明」がある男だ。
 業界仲間から聞いた話だが、現在彼は、市内のある不動産会社の中にデスクを構えているが、不動産屋の顔以外に、人材派遣ブローカーの顔をもっている。日本の派遣会社10社余りと取引をして、出稼ぎ希望の日系人を紹介して斡旋料を稼いでいる。この頃は、外人相手に高額の手数料を取って、日系人になりすますための偽造パスポートの作成や偽装結婚の世話など、危うい仕事にも手を染めているらしい。
 調査依頼があったリカルド田中とアナ・バロスの件では、守屋の悪知恵が働いていたと思うが、彼は日本人らしく「顧客のプライバシー」に配慮して商売しているので、詳しい情報をとるのは難しい。