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マモーナスが没後20年=絶頂のまま飛行機事故死したバンド

 1996年3月2日、デビュー後1年も経たないうちに大ブームを巻き起こしたロックバンド、マモーナス・アサシーナスのメンバーが、飛行機の墜落事故で命を落とした。今年はそれから20年となる。
 マモーナス・アサシーナスは、サンパウロ市郊外で国際空港もあるグアルーリョス市で結成された。メンバーはジーニョ(ヴォーカル)、ベント(ギター)、ジュリオ(キーボード)、サムエル(ベース)、セルジオ(ドラム)の5人組。ベントは本名が「ユウジ・タマシロ」という日系人だ。
 彼らは高校を卒業したくらいの1989年にバンド「ユートピア」を組んでパンクロックを演奏していたが、芽は出ず、レコードを製作しても100枚も売れなかった。
 そこで、95年にバンド名を「マモーナス・アサシーナス」に変え、歌詞をコミック・ソング調のものとした。このバンド名そのものも「悩殺巨乳」の意味だった。
 すると、このスタイルで音楽を始めたとたん、彼らの歌詞が注目を浴びはじめた。「ヴィラ・ヴィラ」「ロボコップ・ゲイ」「ペラードス・エン・サントス(サントスで素っ裸)」といった曲がたちまち若者たちの心をひきつけたのだ。
 1995年は、ブラジルがハイパー・インフレの時代を建て直し、経済安定に向かい始めていた時代で、なんとなく時代の空気が上向いていた、そんな頃でもあった。
 マモーナスの人気は全国に広がり、ほぼ全州を公演でまわるほど引っ張りだこの存在となった。6月23日に発表したデビュー・アルバムは気がつけば300万枚を売り上げていた。誰もが彼らを知っていた。
 だがその矢先の96年3月2日、ブラジリアでのコンサート後、5人を乗せたグアルーリョス行きの飛行機は、空港に到着することなくサンパウロのカンタレイラ山脈で墜落。全員が帰らぬ人となった。
 人気絶頂のバンドの突然の死は当時、世界的なニュースにもなったが、コミック・バンドのイメージもあったため、マモーナスをマジメな存在として解釈する人は決して多くはなく、ブラジルのロック史の中でもさほど重要視されていなかったといえる。
 だが、没後20年を迎える現在、彼らの存在は現在の若いリスナーの間で新たに注目され始めている。幼い頃に流行っていたのをなんとなく覚えていたり、彼らの没後に生まれたがユーチューブでその存在を知ったりと理由は様々だ。ロックにセルタネージャやパゴッジなどの要素を組み合わせたサウンドも、独自のものだったとして再評価の対象となっている。
 そんなマモーナスの一生を描いたミュージカル「マモーナス」は、、11日からサンパウロ市ラウル・コルテス劇場で演じられる。また、7月には、レコルデ局で彼らの一生を描いたテレビドラマも放送される予定だ。(2日付フォーリャ紙などより)

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