アルトパラナ 白髭 ちよ
世界でも類なき大きなデモ行進おどろきて見入るテレビの前で
斯く迄に人に嫌われし大統領ルーラを庇う愚かな行為
リオ五輪まじかに控え此のさわぎジウマ罷免は世界にひびく
日本人は些細な事でも辞任するブラジル人は大きな違い
ブラジルに日系人の大統領現れいでよと吾は願いぬ
「評」明日の大国と聞きながら半世紀を越した。三、四首を読むとき、「日本がモザイク国歌となる前に、ゴヤス・トカンチンスなど購い置くべきか」
サント・アンドレー 宮城あきら
震災五年復興の槌音(おと)高けれど傷痕深し被災地今も
原発事故収束いまだ見通せず十七万人故郷(さと)に帰れず
あの日より帰還困難大槌町瓦礫そのまま五年の歳月
五年間もメルトダウンに頬被り東電の無様いうに難くも
ようやくに復興のきざし気仙沼せり市のマグロ大漁の春
「誰ひとり取り残されることなく」と陛下のお言葉しみて聞きしも
「評」思うに地震大国とは言え、大変な時でもあった。政治力学的にも、よく耐えしのんだ。日本人の真摯さは、野心を持つ国をも慎めた。
サンパウロ 坂上美代栄
童持つフォラ、ジウマのプラカード何を持つやも知らず跳ね行く
囚人服正直者のルーラもマニフェスタソンを盛り上げて行く
上の者悪者ばかりに見えるけど下の者とて劣りはしない
大統領演説中は鍋たたき庶民の声が巷騒がす
空気澄み白雲浮かぶプラナウト中に渦巻く疑惑増しゆく
「評」内戦に至らない処がこの国の良さ、つくづく思う。マニフェスタソンの中にサンバの様に肉体をふり動かす笑顔も見えるから、あなふしぎ、世界が見まもる今をどう乗りきるか、そして五輪、そして、テロ。
サンパウロ 相部 聖花
みょうが買う酢味噌にすれば母の味故郷の秋の庭しのばるる
期限切れ少しためらい捨てる時豊かなりとも心は痛む
折々に母の言葉を思い出す仕末せずとも粗末はするな
店先に盛られし柿は秋の色天然色の光を放つ
折おりに使いしミシン娘にゆずる使わずなりて幾年たつや
「評」戦中戦後を生き抜いた倹(つま)しい日本女性。筆者は着物、食物この国で不自由した事なし。人間の欲など切りがないと、この頃のNHKを視て思う時がある。「今だにも勿体ないが抜けきれず物を拾うを子に叱られる」。
サンパウロ 武地 志津
久々に開け放たれし真向かいのビルの窓々外気澄む朝
吾が国のスポーツ選手健闘の明るきニュースに心安らぐ
思わずも窓閉める手を止めて見し彼方にぽっかり真っ赤な夕陽
はや五年いま被災地の若人は確と未来を見据えて語る
思いやりの心滲ませ若きらの前途語るを胸打たれ聞く
「評」此の世相、此の剘におよんでも、物静かな態度で臨む歌詠みの真骨頂。
カンベ 湯山 洋
汚れ海赤旗立てて悠々と渡る烏賊船遂に難破す
烏賊船を助けに出向く母船さえ汚れた海は行く先見えず
烏賊船や赤旗洗うクリチーバ次次見付かる汚れの酷さ
長期間油に汚れた烏賊船はクリチーバでの洗浄嫌がる
烏賊船を洗い続けるクリチーバその真面目さにヒーローとなる
「評」全ての作品が整っているのに、不覚にも烏賊船とクリチーバ、洗浄、等々わからないが、現今の時事の比喩なのかも知れない。「クリチーバ」とはパラナの地名ではなく、人名なりや。だから歌詠みは面白い。
サンパウロ 大志田良子
ブラジルは国の広さに政治家の目がとどかぬか汚職ぞく出
夫の乗る押す「車イス」その軽さ日ごとに感じる体重減少
もう俺は「だめかな」といい我が手をとり意識は失せぬある日の想い出
両眼は緑内障におかされて失明せしも声でわかると
今は亡き夫との想い出あれこれと脳裡にうかび眠れぬ夜も
「評」亡夫の回想、そして今は脳裡に浮ぶことで「もとなかかりてやすいしなさね」と言っておられる。
カンベ 湯山 洋
待ち望む実りの秋となりにけり夢の結晶汗の結晶
実り良き稲穂は重く垂れ下がり新米の香は畑に満ちたり
豆や黍責任果し葉も枯れて唯只管に収穫を待つ
甘藷(さつまいも)マンジョカ等も芋肥りここを掘れよと土を盛り上ぐ
柿蜜柑赤く黄色く色付いて鈴成る枝に甘さ光らす
「評」農が人生であり、人生が農と一体の人。事業としての農業は、子供達が受け継ぎ営々と励んでいる。そんな様子が作品に滲んでいる。
グァルーリョス 長井エミ子
ユーカリの林の脇に捨てられた枯れ葉纏えるカミニョンのあり
※『カミニョン』はポルトガル語でトラックのこと。
山々は秋の彩り取り揃へ集落廻(めぐ)るバスの遠退く
今日も雨山家の門扉ひそと閉じ夜に入りたるひと塊(くれ)の里
人の世は慶弔紡ぎて流れゆく秋風立ちて我半端なり
パンドラの蓋開けた事なけれども良き事のなき道は遠しも
「評」どの作品にも写生の素描がある。これが本物の短歌なのかと、見える様な気がする。『枯れ葉纏えるカミニョンの在る』や、『ひと塊の里』そして何にやかにやと時は流れて『半端なうちに』過ぎてゆく。絵の具の匂にとりつかれぬ方がいい。
ソロカバ 新島 新
歌詠むに扇の項を辞書で引けば平安前期日本で創始と
妻が俺にと求めし扇女物家の中とてまあいいとしよう
安物の扇支那製糊付けの骨も布地もナイロン製で
扇の絵柄あえて申せば芍薬牡丹黒のレースに縁取られいて
安物の扇とは言え娘が持てば見紛うほどに引き立てくるる
「評」安物の支那製で良いのだと思う。この国は彼の当時の支那大陸で、明日の大国なのだ。永遠の明日の大国、そして『娘が持てば見紛うほど』。一杯でいいから酒が飲みたい。
バウルー 小坂 正光
昭和初期恩師は新婚で渡伯され移住地で学童ら教へ給へり
教へ子の未来に希望持たれいし恩師は四十歳で逝かれしを惜しむ
移住地の慰安の夕べ、勇しき古老の剣舞を少年の日に見る
年一度の青年たちの村芝居俄役者の演技を楽しむ
此の年も吾れと老い妻と過し来て年越しをなす幸せに謝す
「評」こうして日系コロニヤは築かれて来たのだ。一首一首にその歴史が、当時の心が刻み込まれている。そして更に年を越す老いの幸せがある。
ボツカツ 長田 郁子
銀杏の花いまだ知らねどふと見れば初なりぎんなん色づきており
突然の小さき事故での後遺症年ふるごとに重荷となりぬ
植え替のたびに植え来し花鉢の手入れに今は戸惑いており
思うまま足の動かぬわれにして成すこと減りて一日は長し
恙がなく年を重ねて七並べ桜咲き来る春を待つなり
「評」五体健全に見えても何にか持ち合せて年を重ねているのだなと思はせる作。それにしても、喜寿に至る喜びが、『桜咲き来る』と表現されている。どうか御精進なさる様。
サンパウロ 武地 志津
◎終る春場所
白鵬の限界悟る近ごろか真面(まとも)な取り組み殆ど見られず
強烈な張り手突き上げ横綱の格闘紛いを見るに堪えざり
記録への執念高じて白鵬のなり振り構わず相手を倒す
内容の薄い記録は何ならず大横綱の名が泣く廃る
日本の国技「相撲」の仕来たりの益々乱れ危ぶむこの頃
傷抱え土俵務める日馬富士白鵬繰り出す変化に吹っ飛ぶ
満場の観客期待の千秋楽白鵬前代未聞の変化
呆気なき千秋楽に会場をいともあっさり出る客多し
賞金をガッツ・ポーズに振り上げる動作醜し横綱白鵬
〝優勝〟も観客怒りのブーイング野次飛び交いて終る春場所