カンポ・グランデ 秋枝つね子
夏の雲ぼんやり見てる九十才
【雲の美しさは色々あるが、特に夏の雲は変化が多い。『綿帽子雲』『積雲』『雲の峰』等。
作者は広く養鶏をしていて、もう九十歳といわれる。仕事の合間にほっと一息ついて空を見上げると、青空に夏雲が快く広がっていて、それを何気なくぼんやりと心地よく眺めている姿であろうか】
夏の朝久子選好き評読みて
【毎月欠かさず投句をして下さる作者。飾り気の無い句風に、長年の研鑽がそこはかとなく感じられる素直な俳句である。
巻頭俳句として推奨させて頂く】
夏の夜や夢に連山白き花
夏の朝見舞の餅をいただきぬ
夏の昼湯浴ぶ子を抱く腕力
コチア 森川 玲子
ヨガ組みて心に聴こゆ秋の声
【まだ一度も「ヨガ」を習ったことはないが、先日偶然にも会館で三十人ばかりの人達がヨガの講習と思われる授業を受けていた。暫く外から見せて貰ったが、静粛の中で悠揚せまらざる雰囲気であった。作者もその中に居たのかも知れない。
精神一統の中でこそ、しずかに「秋の声」が囁いたのであろう。季語の「秋の声」が絶妙な主観的な風音としてこの句を表現している。この作者ならではの佳句であった】
身に沁むや青年の泣く火葬の儀
【二句目、殊更説明も要らない「身に沁む」の季語がすべてを語る、佳句である】
蓋重き土鍋取り出す暮の秋
秋出水二時間かけて家路つく
法師蝉未完の塔に別れつげ
リベイロン・ピーレス 中馬 淳一
柿食べて味は大和の吊し柿
【最近は柿の最盛期で、毎日熟柿を冷やして食べているが中々美味しい。この俳句の、「味は大和の」と言うところは如何に。
「大和の吊し柿」とあるのは、ブラジルの柿を食べてみてやっぱり、大和の(日本の)吊し柿には叶わないな、と一人日本のことを思い出しているのであろうか。しかしどちらにしても、この作者らしい佳句であった。
○柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 正岡 子規】
海の如野に咲きみちて野朝顔
野の土産ズボンにつきてピッタンガ
唐辛子串焼きにして舌ピリリ
サンパウロ 山本英峯子
火焔樹や陽気な国の女性達
啄木鳥や一夜泊まりの旅なれど
見るだけで食べず嫌ひのコンデかな
仲秋や変らぬ日々の寺の鐘
【「火焔樹」は秋から初冬にかけて枝先に紅殻色の大輪の花を房状に開くが、遠くから見ると色も上向いた花の形もまるでチューリップのように見える。
この句は、「火焔樹」を見ると、陽気でモダンなこの国の女性のように見える、と言う一句。「火焔樹」を詠んで中々珍しい句で、下五の「女性達」と締めくくったとことがきっぱりとして潔い佳句である】
ヴァルゼン・グランデ 馬場園かね
火焔樹や荘に主の車椅子
【「火焔樹」を庭木に植えてある山荘であろうか。晩秋が近づくと、火焔樹の花は一層チューリップのような朱色の花を開いて、見事に美しい。山荘の主はその火焔樹の花を見ようと、車椅子を繰り出して花見をする。
この句の「車椅子」が、何ともいえぬ哀愁の趣をそそる一句であった】
赤げらや働き者の昼餉刻
野良太鼓打止め速し秋時雨
啄木鳥や居眠る犬の耳動き
サン・カルロス 富岡 絹子
屋根の上猫も見てゐる鰯雲
【時々こんな光景に出会う事がある。猫は暖かいところが好きで、ひんやりとする秋頃になると屋根の日当たりの良いところで、気持ちよさそうに毛づくろいをしている。いったいどんな気持ちで鮮やかな鰯雲を眺めているのであろう。明るい楽しい佳句であった】
孫の背のひょろりと伸びし竹の春
片付けはやめて灯下に親しまむ
出稼ぎも下火となるや渡り鳥
インダイアツーバ 若林 敦子
難民の行方決まらぬ聖週間
【去年から色々問題になっている難民の扱いである。本当に気の毒であるが、特に幼い子供の姿をみると可哀相で涙が出る。
この聖週間の間にもどうにもならない問題であって、その内このブラジルも引き受けねばならない様になるかも知れない。時局を詠むのは難しいが、この句は「聖週間」という季語に因んで詠まれた佳句である】
ひっそりと逝かれし友や暮の秋
宵闇や裏木戸そっと鍵をかけ
天高し頑張りましょうこの余生
アチバイア 吉田 繁
キアボ摘む小鹿の角によく似たる
【「キアボ」はブラジルでの日々の惣菜に欠かせない野菜である。ニンニクと玉ねぎを油でいためた後、このキアボを入れて味付けするだけであるが、家族は飽きもせず食べてくれる。この句の如く、へたを切って立ててみると本当だ!小鹿の角である。
サンパウロから近い地方に住んでいると、どの句にもある、この様な田舎の町の匂いがする好ましい佳句が生まれる】
※『キアボ』はポルトガル語でオクラのこと
キアボ飯納豆ほどの粘り見せ
雨続きあの秋空はなほ遠く
震災に遭ひたる雛の汚れ顔
ヴァルゼン・グランデ 飯田 正子
苦瓜や疣に覆ほはれ苦かろふ
【「苦瓜」は本当に苦くて私は食べられない。第一その姿からして、この句にあるように「疣に覆ほはれ苦かろふ」である。娘は平気で食べているのが不思議である。
「苦瓜」を詠んでそのものずばりの、珍しい内容の佳句である】
露草や路傍に咲きて淋しかろ
道の辺にもうすぐ咲ける新渡戸菊
新生姜漬ければピンク紅いらず
サンパウロ 近藤玖仁子
横顔が母似の次女や秋桜
【「横顔が・・」とあるように、親子、兄弟姉妹、孫子と血の繋がりは争えないもので、どこかが何となく似るものである。この句の季語が「秋桜」とあって、優しい次女の面影が浮かんでくるような佳句であった】
秋風やいのち移ろう心電図
菊白く死の髪豊かなほかなし
挿しありて桔梗きりりと青紫
アチバイア 宮原 育子
雨の日の棘がちくちくオクラ捥ぐ
テレフェリコよりふり仰ぐ天高し
吊るし雛下げるやこぼすナフタリン
つかぬ杖立てかけてあり天高し
アチバイア 沢近 愛子
岩富士に秋雲湧きて良き景色
鸚鵡ロロ一番好きな人変えず
移民妻雛人形は置いて来し
カーニバルはみんな揃って海の宿
アチバイア 菊池芙佐枝
パラベンス言はれて気付く女性の日
秋日和三回まはす洗濯機
夢うつつたましひ宿る雛おどり
雨降って毛虫元気で我を刺す
アチバイア 池田 洋子
心地良くポ語聞へくる秋のバス
ねばねばが嫌だと孫はおくら除け
我が雛の行く末知らず幾星霜
ぬくもりにつられて来たか秋の蠅
ソロカバ 前田 昌弘
込み合へる夜のカミニャーダ秋暑し
水澄める底の底まで透けし湖
水尾引きて遠退く船や鳥渡る
コートではショットの応酬鳥渡る
ピエダーデ 高浜千鶴子
手足無きこけしと留守番秋日和
秋の日が仕事疲れの背を照らす
気にしつつ肉を食べたる受難節
干し布団太陽抱きて寝る心地
サンパウロ 渋江 安子
遠山の朝日に映ゆる鰯雲
鉢植や先生宅の萩の花
秋風の小道に草も揺れやまず
秋彼岸おはぎつくりし母偲ぶ
サンパウロ 高橋 節子
苔の花疎遠となりし岡の句碑
虹立つや滝の真上の綱渡り
平凡な余生強烈蚊の生まれ
配耕地渡伯早々マラリアに
サンパウロ 篠崎 路子
二人して語り尽くせぬ日の花野
大花野教会建てて街始まる
何所までも夢かうつつか花野行く
太刀魚の長さ競ふて仲間うち
サンパウロ 伊藤 智恵
秋彼岸日本女性の僧の居て
移されて都会になじみ草の花
情熱の女性見るよな紅カンナ
高校は夜学通ひし皆大人
サンパウロ 彭鄭 美智
初日の出パソコン習ふこと誓ひ
新生姜漬物上手な主婦が買ふ
初化粧若くなったと褒められて
雨季上りまた賑ぎはへる東洋街