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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(24)

 そして「今日はおばさんいるかな」と文雄君が家の中を覗いている。すると返事もしないで顔を出した娘がいきなり、「まあ文ちゃん、今日はなにごと?」
「ちょっと通りかかったもんで、声を掛けてみた。おばさんは?」
「ここだよ。まぁー久し振りじゃないの。文ちゃん。お母さんやお爺ちゃんは元気かい?」と誠に親しみのありそうな会話に、太郎は親しみを感じながら聞いていた。
「まあ、そんなところに立っていないで、中に入りなさい。文雄君。どなたか他にいなさるのかね。早く中に入ってください。むさ苦しい家ですが」
 それを聞いて先ほどの、もやもやが消えているのを覚える千年太郎でありました、太郎は礼儀正しく挨拶をして中に入って来た。
「この人が、のどが渇いたちゅうもんで、ちょっと寄らしてもらいました」と文雄君、中々慎重である。そこへ先程の娘幸子さんが、お盆にコーヒーとお水を持って「いらしゃい」と言った。
 千年さんは嬉しそうにコーヒーを飲み、その後で水を一気に飲み干していた。この一瞬の動作、会話が、千年太郎の人生行路を決定的に変ぇる出会いとなって行く。
 この幸子さんは上野文雄を良く知っていた。幸子の父母は、文雄の祖父、つまり爺ちゃんが仲人(なかうど)をしてもらった仲であった。そうとも知らぬ千年太郎は、心地よい雰囲気になぜか胸のときめきを覚えていた。そこに二時間くらいいて、お礼を言って外に出た。歩き始めていきなり、太郎が「おい文雄君、決めた。君は家に帰ったら、千年は決めましたと言ってくれ」と言った。
「ええっ! 何が決まったんですか」
「鈍い奴だな。あの子に決めたんだ。家に帰ってあのうるさい親父に、いや、君の爺ちゃんに、だ」
「ちょっとと待って下さい。家のお爺ちゃんは他に学問や、一通りの花嫁修業した娘を探しているようだから、そりゃ無理じゃないですか」
「イイヤ、『千年が決めたと言っている。早く貰いに行ってほしいと、千年が手を合わせていた』と伝えてほしいんだ。今すぐにだ」
「こりゃぁエラいことになった」と文雄君。それでも、まんざらでもないらしく、ニコニコしながら走りだした。
 そして一時間くらいたったころ、息せき切って上野のご老体が飛び込んで来た。「今頃の若いもんは眼も手も離せん。太郎しゃんは違うと思うとったが眼のつけるのが早かの。あの女子のどこがええの。ありゃあ、わしが親も仲人したもんじゃけん。悪くは言わんが、父親を早く亡くし、.母親一人で育てられた娘じゃけん、大した学問もできちゃおらん。それに、色は黒いし、器量だって良か方じゃなか。ワシがまだ良か娘を探してやるたい、どうな、しばらく待ってみては」
「はい、良ぅく解かりました。おじいさんにまでご迷惑を掛けて申し訳ないです、すみませんでした」
「ああ、そうな。それなら、また良か話を持って来るけんの。やれやれ、さーてこれからどっちに行こうかの」
「おじいさん、色々世話になりましたが、嫁の話はこれっきりにして下さい」
「な、なん何な、どうして」
「私は色々これまで、人様にご迷惑やら御世話にばかりなって、ここまで来ました。本当に幸せ者んですが、嫁だけは一生一代の事ですから、自分でこの人はと決めます。生意気な奴と蔑(さげすまれ)ても仕方有りません。全く強情な奴と思われましょうが、私自身で何んとかします」