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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(28)

 そこに連れて行き、時計修理見習いで、2人とも住み込みで働かせて貰う事が決まった。もちろん二人の保証人は千年太郎で有った。幸いこの二人は、店主に気に入られ、四年後には店を譲り受け大繁盛。また、その三年後には、義弟の政敏は市議会議員にまで出世して行った。千年太郎を義兄と頼り、何事も相談、義母までが娘婿を信頼した。父親を早く亡くした星田家は、太郎を中心に生計は向上、世間の模範と称えられ、常に優雅な生業を送る日々となった。
 世間の表に、強いて立つのは好まない太郎。いわゆる「月のかけら」然と構え、諍い(いさかい)を極端に好まなかった。決して物品に捉われず、常に毎日が幸せで、笑みを絶やさず世渡りする不思議な男であった。
 だが、先に述べた彼の長男セルジオの眼の事故は、その後「芳しく運ばず」絶望的に恢復は望めなかった。「強いヒガラ目」に千年親子は惨めにも悪戦苦闘の日々を余儀なくされた。そこで父親太郎は決心した。この子の目は、俺達夫婦にとって何か神の戒めかも知れない。余りにも順調すぎる成り上がり者になってはいまいか。ご先祖様が何としても、気ずかせよぅと、俺に試練を下されたのだ。俺は渡伯以来、日本の「爺ちゃん、婆ぁちゃん」に感謝らしい事をして来なかった――と自問自答した。
 そうだ俺は、ブラジルの義父、幸子の父を知らない。自分達が結婚する前に他界されていた。コリャいかん。そぅだ、今度の日曜日にお義父さんの墓参りに行こうと幸子に言った。
「ハイ」と幸子。
 その途端電話のベルが激しく鳴った。
「モシモシ、千年ですが」
「エッ、カンピーナスのグランジャ伊藤の事務所ですが少々お待ち下さい。モシモシ、伊藤(場主)です。暫く、元気かね」
「ハイ、これは失礼しました。そちらはお変わり御座いませんか」
 さぁー、この電話で、またまた太郎の家族にどんな事態がまいこんできますか。

第五章    「人生挫折有りて明日に目覚めよ」

 さて、今の今までご先祖様の事、子供の事で気持ちが悲観的になっていた。そこへ業界では有名な伊藤種鶏場の御大将、場主、伊藤元二さんからの電話であった。
 お話は長くなるので、あら筋で割愛しますが、要するにブラジル養鶏業界の現状打開に心血を注ぎ、今日まで頑張って来られた伊藤氏。「今後の事を考えると、自分のところは人材不足だ。ぜひ君に来てもらいたい」と三カ月も前にお話を頂いていた。
 その時は、千年太郎君は「ここいらで落ち着かねば」と移転を堅くお断りしていた。そして今日までマリリアの方々に大事にされ、何一つ不自由はなく、これ以上移転する気は無かった。この度は「有り難く、嬉しく存じますが」とお断りした。
 その場は、これ以上は無理と判断されたか、「元気で頑張りなさい」と伊藤元二社長は言って電話が切れた。太郎君は少々拍子抜けして「淋しいね」とつぶやいた。そしてあれから三カ月が経った。
 そのあと暇を取り、家族を伴い、懐かしい妻の故郷ミランドーポリス市に墓参り、ご先祖様にお詫びと今後の身の振り方を亡父にねだり、墓参を済ませた。ご無沙汰していた知人友人親戚と、出来るだけ会い、妻にも付き合い義理を済ませ、四日間の旅を終えた。その頃には子供が三人になっていた。皆嬉々として清々しい帰宅で有った。
 ところが帰宅してみると家の前に一台の高級車トヨタが停まっていた。千年君にはピーンと来た。だが、子供たちは、家の車と随分違う高級車に、家にも入らず、よその車の廻りで珍しそうに大はしゃぎであった。