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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(38)

第六章

 さて、あれから二年半、千年君がピンチの日本へ夜逃げ、二年半まえの前述のお話に繋がる。
 バリグ航空機に乗り込み、飛行機が水平飛行になった途端、「千年さん」と声掛けられて、度胆を抜かれた。須磨子さんに助けられて、千年君は五年が経っていた。
 ところで話を中断しましたが、五年前の経緯に戻ります。さぁー、千年君どうする。飛行機は空の上、ジタバタしても仕方ない。隣の席の須磨子さんは、まるで新婚旅行気分。イヤホンで音楽か何か聞いているらしく、体で調子を取りながら、千年君の腕を堂々と組んで、これ見よがしの平気な顔。片や千年君、日本に着いてからの心配ばかり
「あのー、須磨子さん」
「ナぁーに、アナタ」
「おいおい、あなたじゃないよ。あんたはね」
「私、あんたじゃないわ、須磨子と呼んで」
「ああ、こりゃぁだ駄目だ。須磨子さん、これからどうするの」
「どうもしないわ。これから、ずぅーと離れないわ。一生ョ、アナタと」
「そんな事言ったって、遊びじゃないんだ。ひょっとしたら、ブラジルにもう一生、帰れないかも知れないんだ。そのくらい借金があってね。ブラジルじゃ、とても返せる金額じゃないんだ」
「解かってますよ。そのくらい、全部解かってますよ。だから付いて行くのよ、ご安心なさい。うちの家族にはお別れをしてきたわ。皆「千年さんに嫌われないように、しっかり頑張れ」と祝福してくれたわ」。
「解かった、解かった。少し休もう。皆さんお休みの様だから」
「そうね、ねェー、じゃ、お休みなさい。アナタ、チューして」
 まさしく、これが「青天の霹靂」である。
 これから成田に着いたらどぅしよう。岡崎さんが「東京の目黒区の大東建設に仕事がある」というので、十日程前にブラジルから電話をしたら「何歳ですか」と聞かれた。「五十七歳」と答えたら、「お気をつけて、お待ちしております」と応対された。
 千年は良しとして、問題は須磨子さんである。彼女は力仕事はしたことのない人だ。こちらが心配だ。なんとか追い返さねばなるまい、そう考えていたら、眠るどころか眼が冴えて来た。仕方ないから、日本に着いてから考えよう。横の彼女は天下太平、すやすやとお休みでございます。ブラジルで良く言われて知ってはいたが、「ブラジルの女には気を付けろ」と注意されていたが、その通りになって来た。
 どぅする千年君。成田に着いた。太郎君には手荷物二つ、須磨子さんは手荷物三個。そのほか、大きな荷物二個。荷物を受け取り、カートに乗せて税関へ。難なく通過出口に近ずき、千年は驚いた。立派な身なりの青年が二人、「千年様」のプラカ―ドを立てて待ち構えているではないか。近ずくと「千年様ですか。お疲れさまでした。ああ、こちらは奥様でいらっしゃいますか。お荷物をどぅぞ」といきなり須磨子さんを〃奥さま〃扱い、これには太郎も、どぎまぎ。さぁーどうなる。
 件の青年二人、カ―トを押して、「どうぞ、どうぞ。サー、奥さまどうぞ」と車のドアを開けて、先に乗せてくれる。千年君、何にも言えず乗り込む。車は一路、東京に向かって走り出す。目黒区にある会社のビルデングに横付けとなった。「大東建設」という大きな表札が黒光りしている。若い作業服の一人が飛んで出て来た。成田で出迎えた一人が、サーと降りてドアを開ける。