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茨城県人会創立55周年盛大に祝う=若者が企画、実現に尽力=研修生制度の重要性再認識

母県の橋本昌茨城県知事の12人の慶祝団も駆けつけ、茨城県人会の節目を祝した

母県の橋本昌茨城県知事の12人の慶祝団も駆けつけ、茨城県人会の節目を祝した

 茨城県人会(小林操会長)は7月31日にサンパウロ市の文協小講堂で、盛大に創立55周年記念式典を挙行した。6期連続で県政を担い、20年以上もの深い繋がりを持つ橋本昌県知事ら12人の慶祝団含め、延べ150人を越える参加者で会場は満員になった。前夜祭も100人超の大盛況。式典後の祝賀会では遠方から会員が駆けつけたほか、橋本知事の周りには再会を喜ぶ参加者が終始集まり、各々が旧交を温め、母県との絆に思いを馳せた。

150人を超える参加者が祝福に訪れた

150人を超える参加者が祝福に訪れた


 橋本知事は式典で、「皆さんが郷土茨城を誇れるよう県政に全力を尽くしたい。同県人会と母県との絆をよりいっそう強めていきたい」と挨拶。小川一成県議会議長からは「東日本大震災での母県を思った皆様からの支援に感謝したい。はるばるブラジルへ渡り、ご活躍されて大変素晴らしい」と労いの言葉をかけると会場は歓迎ムードが広がった。
 中前隆博在聖総領事は、移民導入の基盤を築いた根元正や笠戸丸五人通訳の一人である加藤順之助などを紹介し、「歴史的にも茨城との縁は深いものがある」と語った。呉屋春美文協会長も「書道など文化領域において日本文化継承に大きく貢献してきた」と同県出身者への賞賛の声を贈った。
 式典後には、母県の霞朗詠会が優美な詩吟を披露。引き続き、ブラジル祥こう流詩吟詩舞会による演目では、日系子弟に混じって和服姿のブラジル人衆が心を込めた圧巻の舞を踊ると、会場は割れんばかりの拍手喝采に。
 霞朗詠会の高村とよさん(71、茨城)は、「親の姿を見て、二世や三世が引継ごうとする姿勢が見られて嬉しい」と語り、小林会長夫人の玲子さん(80、一世)も「故郷を懐かしく思った。ブラジル人の心の込もった舞を見て感激した」と涙を浮かべた。
 式典を終え、小林会長は「予測を上回る人が参加してくれた。実現に向けて若者が力を結集してくれ、はりきっている姿をみて感激した」と胸をなでおろした。術後間もなくで、体調が万全ではない。でも「小林でなければ誰がやるのか」と周囲から背中を押され、式典を実現した。
 同県人会役員会で一世は15人中4人のみ。会議はポ語で行われ、両語の達者な二、三世が、世代を繋ぐ要として機能しており、「世代交代の時期に来ている」と見ている。小林会長は「母県との関係をいかに維持、発展させるかが今後の課題だ」としてリーダー交流・研修生をいかに指導してゆくかが重要と見ている。
 最高齢者表彰を受賞したモジ市在住の中村千代子さん(98、一世)の孫の与座ビアンカえい子さん(32、三世)も研修生の一人。「祖母からは日本や茨城の話をよく聞いていたが、身をもって体験し、勉強するまできちんと理解できていなかった」と振り返り、祖父母の故郷を知る重要な機会だったという。
 千代子さんは10人の子を産み、孫は22人、ひ孫は11人に及ぶ。えい子さんは「祖母が若い頃に母校で写真を撮ったのと同じ場所で、私も写真を撮って見せたら大変喜んでくれました」と琴線に触れた体験を懐かしそうに語り、55周年記念式典の開催を喜んだ。


茨城三百万県民の祝福=茨城県知事 橋本昌

橋本知事

橋本知事

 ブラジル茨城県人会創立55周年記念式典が、盛大に挙行されましたこと、三百万茨城県民を代表し、心からお喜び申し上げます。
 ブラジル茨城県人会が長年にわたって行ってきた活動は、移住した方々の絆を一層強いものとし、祖国日本とのつながりをより確かなものとしてきました。小林操会長をはじめ、歴代会長、会員の皆様方のたゆまぬご努力に、深く敬意を表する次第でございます。
 本県に甚大な被害をもたらした東日本大震災や昨年の関東・東北豪雨の際には、大変なご心配をいただき、また、多額の義援金をお寄せいただきましたことに、改めて感謝申し上げます。
 ブラジルへの移住は、間もなく110年が経とうとしております。一世の方々は、大きな志を抱き、様々な困難を克服し、今日の繁栄を築き上げられました。
 想像を絶する、苦労があったことと拝察いたします。同郷の皆様のご活躍を、茨城県人として大いに誇りに思い、皆様のご努力と、先人の方々のご遺徳、ご功績に、心から敬意を表します。
 二世、三世の方々も、一世の方々が持つ日本人としての精神をしっかりと引き継がれ、更なる発展を目指しているご様子が感じられ、頼もしく感じております。
 茨城は現在、人口が約三百万人で全国第11位。農業が第2位、工業が第8位で、1人当たりの県民所得も8位になるなど、豊かな県へと成長いたしました。
 高速道路や鉄道、港湾や空港など広域交通ネットワークの整備が進み、企業の立地も進んでおります。今年五月には、つくば市でG7茨城つくば科学技術大臣会合が開催されました。
 当地ではリオ五輪が開幕されますが、茨城では、3年後に国民体育大会が開催されます。翌年には、東京オリンピックもあります。この機会に是非、ふるさと・茨城を訪問していただけるようお待ちしております。
 日本は人口減少・超高齢社会を迎えています。私は茨城を、日本の将来の発展を牽引していくことの出来る数少ない県と考えており、引き続き、皆様に郷土茨城を誇りとしていただけるよう、全力を注いでまいります。
 ブラジル茨城県人会の活動にできる限り協力させていただき、本県との絆が一層強いものとなるよう取り組んでまいりますので、皆様方におかれましても、日本とブラジルの交流の架け橋として、ご尽力いただけますようお願いいたします。
 結びに、ブラジル茨城県人会のますますのご発展と、皆様のご健勝、ご活躍をご祈念申し上げ、祝辞と致します。
 本日は、誠におめでとうございます。


55周年、慶賀に堪えず=ブラジル茨城県人会会長 小林操

小林会長

小林会長

 県人会創立55周年記念式典を会員のみならず各会を代表する沢山の方々に、ご臨席を賜りましたことは誠に慶賀に堪えない次第であり、厚く御礼申し上げます。
 特に母県より、橋本知事並びに小川県議会議長ご一行の慶祝団の方々をお迎え出来たことは、私たちにとって感無量のことでございます。今から丁度20年前、この同じ会場で橋本知事ご一行の慶祝団をお迎えして、私が会長として35周年の式典を挙行いたしました。その日の事が、この瞬間にも、くっきりと瞼に浮かんでまいります。
 あれから、20年の歳月が流れ、慶祝団で来られた鈴木正義・小川英次朗両県議や本橋元中央会会長、佐伯家族会会長など沢山の方々が他界されました。県人会においても同様で、沢山の思い出を残して多くの仲間たちが旅立ちました。
 その様な20年という長い間、橋本知事はずっと県政を司り、遠く離れた私たちの会に最大限の支援を続けてくれました。60名を超える有能な若人達が、研修生や茨城・ブラジルリーダー交流代表として母県に受け入れていただき、今は立派に成長してブラジルの各界で活躍しています。この55周年記念事業も、すべてこの若者たちが企画・運営をしてくれています。
 この人達の県人会での真摯な活動振りを眺めながら、「これなら大丈夫だ。私はもう安心して引退できる」と心からそう思いました。どうか、コロニアの皆様、私同様、これからの県人会に対しましても、心からのご声援をお願い致します。
 茨城県人会は、書道や水墨画など日本の伝統文化の活動が盛んなことで知られています。日本の教師の資格を持った者が11名もおり、サンパウロを中心に10数箇所で教室を持ち、活動しております。
 また、リオやベロ・オリゾンテ、プ・プルデンテ、クイアバ、オザスコなど、全伯的に日本文化の普及のために活動しています。今後とも皆様のご理解とご支援をよろしくお願い致します。
 最後に、知事・県議会の皆様そして県民の皆様のご健勝を、感謝の気持ちを以ってお祈り申し上げ、ご臨席くださいました来賓の皆様そして会員の皆様のご多幸を心からお祈り申し上げます。