吉田さんは少し間を置いて、皆がここまで理解していることを認めてから、また、続けた。
「それに、日本人の良さが認められ、日本の国に力が付くということは、即ち、ブラジルの日系人、ここに住む日本人の血を引く皆、の地位の向上に繋がることでもあるんだ。今まで日本人は個人レヴェルの力でブラジルの農業に大いに貢献して来たが、今度は大きな資本と国を挙げての近代的手法でブラジルの工業化に協力すると言う事だ」
「幸い、皆は日本語も分かってくれる。この辺のこと、プロジェクトの根本精神も良く理解して、国のためにも、自分自身のためにも、この大計画の成功に力を尽くして貰いたい」
普段は静かに、論理的に話をする吉田さんの言葉には力と熱がこもっていた。部屋の中は一瞬シーンとなった。皆何かを感じたようだった。
勝次の脳裏にも一瞬ひらめくものが有った。父の源吉が『戦死』した日、家の屋根に高く掲げてあった日の丸の旗だった。
白い地に浮かぶ赤い色が日本人の心、自分の心の色だと思った。
「そうだ、このプロジェクトを成功させよう」心の底からそう思った、若い血が躍った。
「VAMOS!」
「よーし」
「やるぞ!」
感激した声が沸きあがって、夕なずむ部屋に満ちた。
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――泣くな妹よ、妹よ、泣くな――
――泣けば幼い二人して、故郷を捨てた甲斐がない――
情感を込めて勝次が唱うと居並ぶ一同はコップや皿を叩いて唱和した。
メロデーだけを知っていて、「うううーうん」と合わす者もいた。
社員宿舎は社員用に建てられた新築の住宅が当てられていた。一軒を二、三人の単身者で使い、トイレや台所もあって、居住性は良かった。宿舎のテーブルには飲み物やご馳走が所狭しと並べられていて、今や宴はたけなわだった。
今日は工場の設備を操作するコントロールルームが完成し、テスト結果もOKだったので、関係者だけで自前の『完工祝い』をやっているのだった。
潤いのない鉄とコンクリートばかりの作業場と、家族の居ない宿舎とを往復する日々を繰り返す男達にとって、この様な節目や、緊張をほぐす息抜きの行事が必要だったし、また、歓迎もされた。同じ作業員同志が一緒に飲み食いすることで、お互いのコミュニケーションも良くなったし、作業場の雰囲気もずっと快くなったのだ。