「ウン、今日は24日、今夜中につけばすぐはめ込みの調整をして、あと、水や電気の接続、配管をして、テスト運転も出来る。25日中には何とか準備出来るだろう」
「そうだな、招待客がつめかける26日当日に、組み付けやテストは出来ないからな」
二人はこの先、火入れ式までの手順をいろいろと話し合った。
外はどんよりとして暗い。行き交う車もない。その内疲れが出たか、先の見えた安心感からか、勝次は座りながら眠ったようだった。
『ガタン』
衝撃で目がさめた。車は止まって右に傾いている。
「どうした」不審を抑えて三郎に聞いた。
「ウン、まずい、穴にはまり込んだようだ」
急いで車を降りて見てみると、右側に雨でえぐられた溝があり、そこへ、前、後輪ともはまり込んでいる。穴のそこに水がたまっていて、駆動がきかない。
ウオーン、ウオーン―――三郎がエンジンをふかすのだが雨の後の土は柔らかく、泥が後ろにはね飛ぶばかり。前にも後ろにもやってみたが、穴が更に大きくなるようで、どうにも動かない。
もう夜も遅いので通りかかる車もない、救援は求められない。建設中の新道には電気も電話もない。真っ暗闇の山中にいるのは勝次達二人だけだ。
まず、荷を軽くしようと、重い羽口を一個一個車から降ろした。タイヤの下に板切れを入れてやってみたが、やはり車は動かない。
時間はドンドン過ぎていく。
「車体の底が地面にあたっているからな、タイヤが空回りするんだ。車を持ち上げながら穴の外に出さんとだめだ」
幸い荷台に積んであった角材を車体の下に差し込んだ。これで自分の肩をテコにして持ち上げながら前に押そうという考えだ。せっかく真近のここまで来て、今までの苦労を水の泡には出来ない。
「ウオーン、ウオーン」
「エイヤッ!」
勝次は渾身の力を肩にこめ、足を踏ん張った。車が少し前にでた。空回りするタイヤの跳ね飛ばす泥で、勝次は全身泥まみれだ。
土の固いところまで行けばあとは動くのだが…、力には限りがある。
一息いれて、『もう一回』角材が肩に食い込み、骨が折れるかと感じられた。
「負けてたまるか! おれは勝ち組の子だ!」勝次の固くつぶった瞼の裏に、日の丸の赤が炎と燃えた。
ウー――――――ッ、渾身の力をふりしぼると車が前に出て、固い土の上にのった。
「ウウウー」エンジンがうなって、車が動いた。
「コンセギーモス!」三郎が叫んだ。
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十月 二十六日朝、心配されていた雨も止み、青空の見える式典日和だった。
高くそびえる溶鉱炉の頂には黄と緑のブラジル国旗、白地に赤の日本国旗が並んで、誇らしげにはためいていた。
午前10時を過ぎると式典の会場には軍楽隊が並び、ブラジル側、続いて日本側の来賓―日本大使、各企業代表、そして、製鉄所の日伯幹部が所定の位置についた。
式場の高炉の前は人また人の波である。勝次たちは直接の操業要員ではないので、工場の大勢の人達の中に混じって、人々の頭ごしに前の方をチラチラとみる程度だった。
12時30分、ブラジル側の主賓、J・ゴラール大統領、M・ピント・ミナス州知事一行が入場して来た。