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実録小説=勝ち組=かんばら ひろし=(23)

 やがてみどりの椰子の葉や白いバラの花で飾られた通路を通って、旧都オウロプレットからの聖火が到着した。
 大統領の手によってこれが火籠に移されると、聖火がパッと生き物の様に燃え上がった。
 やがて、この火が幾つかの十能に取り分けられ、ゴラール大統領、小阪日本代表、ビント・ミナス州知事らによって高炉内に投入された。
 この瞬間を待っていた井上製鉄所長の手によって送風開始の鐘が鳴らされると、『ゴオーッ!』式場の空気を震わせて、熱風炉から熱い空気が炉内に吹き込まれた。
 勝次は自分が探し、取り付けた羽口から千度の熱風が炉内に吹き出す様子を思った。
「良かった、間にあった。偽りでない、本当の火入れ式が出来たんだ」
 炉の中の炎は火勢を強め、『グオーッ!』とすざまじ音を発していた。
 炉前の式場は「ワアーッ」人々の拍手と喚声に包まれていた。

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 翌27日、午後になると高炉の前には再び多くの人達が集っていた。前日火入されて溶かされた銑鉄がはじめて炉から出てくる日である。
 建設、操業に関係した人たちには鉄が出来てはじめて仕事が『成功した』と言えるわけで、前日の式典が政府関係者等『偉い人』の儀式だとすれば、この日の出銑こそが『働く人』にとっての本当の完成点と云うことが出来た。
 定刻、午後4時、甲高い金属音が響いて出銑口が開かれ、まっ赤に溶けた初湯が火花を散らしながら湯路に流れ出した。
 千五百度近い高熱で白く赤く輝きながら溶銑鍋に流れ込む鉄の湯は、まるで生きている様に見えた。建設関係者幹部や、勝次たち末端の作業員までの熱い心を表しているように思えた。
「万歳! バンザイ!」
 多くの困難を乗り越えて、何日も不眠不休の努力をした日本側から期せずして歓声が上がった。
「ビーバ! ビーバ!」
 ブラジル側も負けずと手とたたき、床を踏みならして歓喜し、感動にひたった。
 日本もブラジルもなかった。共通の一つの目的、一つの理想が、何もなかった原野に、新しく鉄を作り出そうという夢が、今、目の前に実現しているのだ。
 長い間インフレの波に洗われながら資金を確保し、経験したことのない技術的困難を克服し、異なった文化の人達が力を合わせて夢を現実にしたのである。
 ブラジル重工業の夜明けだ―――。
「俺達はやったぞ!」
「マラビーリャ」
 人々はお互いに手を握り、肩を抱き合って歓喜した。
「バンザイ」
「ビーバ!」
 勝次もこみ上げてくる喜びで大声で叫んでいると、『天皇陛下、バンザイ!』あの日の父の叫び声が聞こえた。
 父は自分の心に忠実に生きたのだ。その父の同じ血が今、自分の身体のなかにも流れている。
「父ちゃん、俺はやったぞ!」
「日本の魂でブラジルの鉄を作ったぞ」
 高炉から流れ出る溶銑は熱く赤くたぎっていた。
勝次の燃える心のようでもあった。炉頂にひらめく日の丸の赤のようでもあった。
                 ―完―
(注・この作品には実在の地名や人名が出て来ます。しかしその内容は小説であって、全ての出来事がそのまま現実ではないことをご了承願います。筆者)